鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 目白大学教授・臨床心理士 小池眞規子 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
がんを乗り越える人間の強さ
鎌田 では初期治療を終え、3、4年たって恐れていた再発が告げられた。そんなときにはどうがんと向かい合えばいいのでしょうか。アメリカの精神科医、キュープラ・ロスは末期がんの患者さんを対象にした研究で、人は「否認」「怒り」「取引」などいくつものプロセスを経て死を受容すると報告しています。実際にがん患者さんはそうして自らの病気を受け入れることができるのでしょうか。
小池 ロスの報告はとても重要だし、治療者に多くの指針を与えていると思います。ただ、実際にすべての人が同じ道筋を進んでいくわけではありません。それに私自身は受容という言葉にどうしても抵抗を感じてしまいます。しかし、すべての人はその人に起こったあらゆる状況を受け止めていかれるのだと強く思います。
再発を告げられたときに、患者さんが受ける衝撃はさらに大きなものです。実際、大半の患者さんは、そのショックは最初にがんを告げられたとき以上のものであったと話しています。しかも、その後に、さらにいろいろな治療のプロセスが待ち受けている。そうしたいくつものプロセスを乗り越えながら患者さんは自らに訪れた状況を受け止めていかれます。その姿を見ると、人間って強いなと実感せずにはいられません。
鎌田 この段階になると、とくに心理面でのサポートが重要になりますね。翻ってみると日本のがん医療は病気を治す「キュア」と痛みをとり、心を癒す「ケア」の段階がはっきりと区分されている。初発から再発まではキュアが医療の大部分を占めていますが、再発したとたんに潮が引くようにキュアを担当していた医療者が撤退し、緩和ケアが医療の主体になっていく。
僕はこれにはどうも納得がいきません。治療の早い時期から心や社会的な痛みを緩和するケアも介在するべきで、症状の進展に伴って徐々にケア主体に移行していくべきだと思うんです。当然、最後までキュアも行われるべきです。患者さんは最後まで希望を持っているし、いい時間をできるだけ長く保ちたいと願っている。どうしてもっとうまくキュアとケアの折り合いをつけられないのでしょう。それができれば、驚くようなことが起こるかもしれません。
小池 そのためには医療側のきめ細かな対応が不可欠でしょうね。しかし人的資源が限られているために、必要なところに必要な人を配置できないでいるのが実情ではないでしょうか。ただ今の先生のお話を伺っていて、最初から患者さんを理解しているスタッフがいれば、節目、節目で患者さんをフォローしていくことができると痛感しました。私たち心理スタッフも早い時点から患者さんにかかわることができれば、その役割を果たせるかもしれません。
がん患者が受ける痛みと、そのケア
鎌田 話は変わりますが、がん患者さんが感じる痛みにはいろんな種類がありますね。身体的、精神的、さらに社会的な痛み。また日本人には理解しにくいスピリチュアルな痛みというのもある。その中で社会的な痛みをどう癒すかということも大切だと思うのですが……。
小池 おっしゃるとおりだと思います。社会的な痛みを修復するには、社会とのつながりを維持し、人生に自分自身の意味づけを行うことが大切なのではないでしょうか。そのためには周囲の理解が不可欠です。しかし周囲の人たちは患者さんがどうしたいと思っているのか理解できないでいるのではないでしょうか。現状を考えると、この痛みを乗り越えるにはたいへんなエネルギーが必要だけど、患者さん自身が声をあげていくことも大切でしょうね。
鎌田 これは僕が『あきらめない』という本にも書いたことですが、あるサラリーマンの人が膵臓に悪性腫瘍が見つかり肝臓にも転移していたんです。一般に企業戦士たちはがんになってもそのことを人に伝えない。しかし、その人は正直に病気になったことを会社に報告したんですね。すると、その会社の社長が「わかった、しかし会社は辞めるな」というんです。そうしてその患者さんは定年まで何年も仕事を続けることができた。このエピソードは社会的な痛みを克服することの素晴らしさを如実に物語っていると思います。この方は転移があるにも関わらず10年生きました。
小池 自分の存在する意味を発見することはとても大切なことですね。本当は、人間は誰でも生きているということだけで意味があると思うんですが、なかなかそうは思えませんからね。
鎌田 4つ目のスピリチュアルな痛みとはどのようなことだとお考えですか。
小池 そうですね。個人的には「ミーニング・オブ・ライフ」(人生の意味)の喪失がもっともふさわしいかと思っています。
鎌田 なるほど。そのことに関連すると思うのですが、1年半程前にがんの自然消滅について研究している永田勝太郎先生とこの雑誌で対談しました。永田先生は「実存的転換」という言葉を使っていたのですが、がんが自然消滅している人には、生きる意味を再発見するなど、必ず内側で劇的な変化が起こっていると言うんです。先生はこのことをどう思われますか。
小池 実感としては私もそのように思います。科学的根拠と言われると困るのですが……。もちろん、そこまで劇的ではありませんが、私が出会った患者さんの中にも、生き方を変えることで、症状が改善した方がおられました。
自らの存在を確認する「ライフ・レビュー」
鎌田 自分の存在を確認することで不思議な力が湧き起こってくるのかもしれませんね。しかし、患者さんがそこにたどり着くにはどうすればいいのでしょう。先生はライフ・レビューということをよくおっしゃっていますが、具体的にはどういうことでしょうか。
小池 ライフ・レビューというのはわかりやすく言えば回想ということですね。それまで自分が歩いてきた道筋を振り返ることで自らの存在を確認していくということです。私たち医療者の立場から言えば、当然ながら患者さんのそれまでの人生について知るよしもありません。そこでその人をより深く理解するために、会話を積み重ねもう1度、それまでの道筋をたどりなおしてもらうんです。
鎌田 1カ月ほど前でしょうか。私の病院に卵巣がんで入院していた50代の女性がいました。その患者さんは蓼科でフランス料理のレストランを経営し、自分でシェフとして腕を振るわれていたんです。私は31年間蓼科で暮らしていますが、その店には行ったことがない。そういうと、最後にもう1度だけ、料理を作りたいと言って、緩和ケア病棟の厨房を使って、そのレストランの名物料理だったデザートを作られて僕たちに振舞われた。すると今度は何回かに分けて最後のフルコースをという話になりました。料理が作られる日はもうたいへん。店からワインが運び込まれるわ、病棟中にニンニクの匂いが立ち込めるわ(笑)。サーブ役のご主人も蝶ネクタイを締めて颯爽としていましてね。で、いよいよ来週はメーンディッシュというときにその患者さんの容態が悪化した。そうして「先生、約束を守れないでごめんね」と言いながら息を引きとられました。
小池 素晴らしいお話ですね。
鎌田 僕はこれからもずっとこの患者さんを忘れることができないでしょう。入院当初はいつも陰鬱な表情だったその患者さんが、料理を作り始めたとたん、目が輝き、笑顔を絶やさないようになった。僕は先生のお話を聞いて、結局、その患者さんは自分の方法でライフ・レビューを実現させたのではないかという気がしています。ライフ・レビューを果たせたことで、この患者さんはとても幸せな気持ちで旅立たれたと思うんです。

小池 患者さん自身だけでなく、患者さんを見送られたご主人にとっても、とても大切なことであったと思います。患者さんが自らの存在を確認することにはそんな力もあるのですね。
鎌田 そのためには自らを語り、表現すること。すべてはそこから始まるのかもしれませんね。その意味でも患者さんの人生をサポートする心のケアの専門家に期待しています。
(構成/常蔭純一)
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