鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 「イデアフォー」世話人 中澤幾子 / 「とまり木」代表 北澤幸雄 VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
肉体、精神、社会的自立の基盤は、なんといっても経済的自立
鎌田 現在代表を務めておられる「とまり木」を作ったきっかけは?
北澤 ひとことで言うと、さまざまな事情で経済的に自立できなくなっているのに、何の保障も受けられずに苦しんでいる人たちの助けになりたかった、ということです。
私自身、あらゆる相互支援の会や自立を支援する会に電話をかけ、「病気で仕事を失いました。経済的支援は行っていませんか」と聞きましたが、経済的支援を行っているところはありませんでした。
鎌田 北澤さんがいちばんほしかったのは、心の支えより何より経済的支援だったと。
北澤 そうです。精神的自立、肉体的自立、社会的自立、経済的自立と、自立には4つあると思いますが、私にとって第1は経済的自立。あとの3つはそれについてくるものです。
鎌田 治療費はかかりましたか。
北澤 かかりましたね。高額療養費で7万2300円を超えた額は戻ってきますが、月々17万円払った時期もあります。しかも、勤めていれば、治療後に戻る場所もあるが、私は自分の会社そのものが消滅している。お金を稼ぐには、もう1度会社を立ち上げなければなりません。
鎌田 職を失い、月10万円の収入を得るため、警備会社にも勤めたそうですね。
北澤 チラシ配りもしました。
鎌田 必死ですね。だるいわけでしょう?
北澤 どうしようもなくだるいです。でも、収入がゼロになるほうが、もっとおそろしいんです。2回目の治療を受けなかった理由も、実は仕事でした。頭を下げて復帰して、やっと仕事が戻ってきたときですからね。もう1度休業したら、信用はまず戻りません。
しかも、家族におんぶに抱っこですよ。3カ月6カ月後に復帰するなら、ちょっと我慢してくれと言えます。でも、この先何年もこの状況が続き、最後にぽっくり死ぬかもしれない。そんな中、「抗がん剤をやりましょう」と言われても、お願いしますとは言えませんでした。
鎌田 そうしたご体験から、経済的自立を支援できる会を作りたかったんですね。
働けない人に障害年金を。未認定障害者を支えたい
北澤 今、「未認定障害者」という言葉を使っています。障害者手帳がもらえなかったり、介護保険には年齢が足りなかったりして、障害があるのに支援制度から洩れる人はたくさんいる。私は仕事を求めてシルバー人材センターにも行きましたが、当然「あなたは若すぎます」という答えですよね。かつての私もふくめ、制度から外れた人たちを総称して「未認定障害者」と呼んでいるんです。
だから、がんの患者会ではありません。広く一般に向けた会で、がんの人は会員40名中、7~8名です。7名のがん患者と奥様ががんという方です。
鎌田 じゃ、たとえば一家の大黒柱でがんになって、数年間五分五分のところでがんと闘っていて、助かるかもしれないし助からないかもしれない。でも、子どもが小さくて明日の生活を考えなければ、という人に対して、「とまり木」はどんなサポートが可能ですか。
北澤 社会保険労務士がメンバーにいますから、まずそちらで障害年金を考えます。
鎌田 たしか、北澤さんご自身、そうした形で救われたのでしたね。
北澤 障害年金に申請を出したのですが、五体満足ということで却下されました。が、親戚に奈良県で「障害年金支援ネットワーク」というNPOをやっている人がいます。その方がわざわざ出てきて、資料を集め交渉をし、大奮闘してくれました。病気の教科書まで引用して、社会保険事務所と闘ってくれたそうです。
鎌田 障害基礎年金2級がもらえましたね。
北澤 はい。年間80万円弱です。
鎌田 それは大きなお金でしたか。
北澤 はい。それで医療費が出ますから。ゼロはそんなにつらくないんです。おとうさん、今まで頑張ってきたからいいじゃない、ということになる。でも、高額療養費で戻るほかに、医療費は年間70万円~80万円もかかりましたから、家族の負担はたいへんなものでした。80万円があればその医療費がカバーでき、マイナスの生活がゼロに戻せるんです。
鎌田 そうなって、笑えるようになった?
北澤 なりましたね。非常に楽になりました。
中澤 基盤は生活ですものね。生活が安定していないと、心もむずかしいですね。
北澤 そうです。生活が安定すると精神的にも安定し、目的が出てきて肉体的にも動けるようになります。そして、体が動けば、社会とも関連が生まれる。お金を稼ぐと、ほかのものも自然とついてくる場合も多いと思います。
医療がどんどん変わり、保険が使えなくなっている
中澤 北澤さん、保険は?
北澤 最初の治療のとき、生命保険から30日分の入院費用は出ましたが、がんセンターは通院治療だったため、1円も出ませんでした。保険のこともあり、体力的にもきつかったので入院を求めましたが、空きがなくって。
鎌田 そうか。医療がどんどん変わって、化学療法でも通院治療が当たり前になりましたね。でも、医療保険は加入したときの条件のままだから、入院しないとお金がもらえないんですね。
北澤 これからのがん治療には通院保障が絶対必要です。
中澤 でも、通院保障がある保険でも、入院が条件になっているものが多い。入院後の通院には支払われるけれど、最初からの通院には出ないものが、圧倒的に多いはずです。今のがん治療の内容を知ったうえで選択的に契約しないと、本当に役に立たない保険になってしまいます。
鎌田 今の話、大事ですねえ。今、保険に入っている人たちも、通院補償が出るよう改正しておいてもらわないといけない。
中澤 手術もすごく様変わりして、保険が出ないことがあります。内視鏡とか、日帰り手術とか。
鎌田 乳房再建に対しても、保険が使えませんでしたね。
中澤 同時再建の場合、手術した部分を補填したという名目で保険が使えることはあるようです。でも、基本的には使えません。とくに、あとから再手術する2次再建の場合は、美容整形と同じ扱いなので100万円もかかる。元の形に戻す「形成手術」と考えれば、保険が使えないなんてありえないと思うんですが。あと、がん治療でジェネリック医薬品(後発の安価な類似薬)が使われない現状を、何とかしてほしいですね。
鎌田 薬品の処方を医師が一般名で書くことを法律化し、患者さんが医薬品を選択できるようにする必要がありますね。
中澤 厚労省が推し進めてほしいです。意味不明のTVコマーシャルを作ってなんかいないで(笑)。
鎌田 厚労省はやりたがっていると思いますよ。いくつかの患者会から要望を出せば、その声を利用して厚労省が動くのでは?
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