スペシャル対談 「がんばらない」の医師 鎌田實 VS 「こころと体の」遺伝子学者 村上和雄

撮影:大関清貴
発行:2005年5月
更新:2013年8月

人知を超越したサムシンググレートという存在

村上 私はそう思っている。自分の愉しみや喜びとか、自分の儲かることとか、そういうのもいいことなんだけど、人間はほんとうの喜びは自分だけでなくて、家族とか周りとか多くの人と喜ぶということが自分にもっと大きな喜びをくれるということを知っている。科学とは少し飛躍しているんですけれど、細胞の中で起こることが、社会の中、人間生活の中でも起こっていると感じるんです。
それに遺伝子の暗号をみていると私はやっぱりこれはただごとではないと思うんです。30億という情報が、ほんとうに狭い空間に見事に書き込まれている。今、僕たちは読んでいるということでいばっていますけど、読んでいるということよりも、もっとすごいのは書き込んであるという事実です。これは人間には書けない。しかもこの暗号はでたらめではないわけです。見事に理にかなっていて調和がとれ、しかも美しい。
そうするとこの見事な万巻の書物を書いたのは何ものなのか、すごい世界があるなと私は思うんです。この人間を超える力は何かと。それは神や仏の世界ですけれど、科学者があまり神、仏というとね、あいつは終わったと言われますからね(笑)。私はそれを、サムシング・グレートとよんでいます。それは自然というか、宇宙といえばいいか、何と表現していいかわからないからサムシング・グレートなんで、これは永遠のテーマだと思うんです。おそらく人間の理性ではつかめないものです。
今、科学者は法則を発見した、遺伝子DNAの構造を発見した、20世紀最大の発見だといっていばっているわけですが、しかし、発見する前に法則はあったんですよ。デタラメではないから法則なんですよね。これをつくったのはいったい誰なのかという疑問。しかし、科学者はそこに足を踏み入れない。そこに足を踏み入れると論文が書けないし、私も含めて、論文を書く仕事はやらないといけないから。しかし、とにかく発見する前から見事な法則と調和があるっていうことは事実でしょう?

鎌田 真理もそこらへんにあるんでしょうね、きっと。
話は変わりますが、人間と大腸菌の遺伝子ってほとんど変わらないんですか?

村上 うん、ほとんど変わらない。しかし情報量が違うんです。

鎌田 僕たちが桜を見たときにいろんな風に心が揺れる。感動したり、死を前にした人が桜を見るとこの桜を来年はもう見れないかもしれないと思う。その桜の木の遺伝子と僕ら人間の遺伝子もそんなに変わらない?

村上 基本的に暗号は全く同じで、暗号解読表も同じなんですよ。しかし情報の量が違う。

鎌田 するとぼくたち日本人が山とか木とか花とかいろんなものに思いを寄せてこう一体感を感じるときが、ときどきありますよね��それはどっかで木や草とぼくたちがどっかで結び合っていた時期があるから?

村上 生き物の連帯とはそういう風に考えられる。長い歴史から見ると生き物は1つの親からはじまっていますから、どこかでつながっているわけです。その証拠に同じ遺伝子暗号を使っている。

鎌田 今日の先生のお話を聞くと、病気になりかかったときの自然治癒力、それは免疫機能だと僕は思っていたわけだけれど、その免疫機能を支えているものが遺伝子の働きだと。

村上 免疫タンパク質がつくられなければ、免疫は起こらないですからね。そもそも免疫のそのすばらしい機構をつくったのは何なのかということですよ。遺伝子にそれを書き込んだ人ならぬ何ものか、なわけですよ。それを私はサムシング・グレートというわけです。神仏というと、どの神さんにするかってことでけんかしたりするから(笑)。あとは、それこそその人の感性とか信仰とか、生き方とかいう問題になりますからね。

生まれることは奇跡的な生命の誕生

鎌田 人間にはがん遺伝子があると聞きました。それからがん抑制遺伝子もあると。これは両方とも証明されているんですか?

村上 いくつかのがん抑制遺伝子があることはわかっています。そして心の持ち方によって、そのがん抑制遺伝子のスイッチがオンになるんです。

鎌田 ああ、そこを聞きたいですね。がん遺伝子をオフにし、抑制遺伝子をオンにしておきたいわけですよね。そんな都合のいいことってできるんですか?

村上 がんが見事に治っている人にはそういうことが起きているんじゃないかと。まだ詳しいしくみはわかりませんけれど、食べ物、ストレス、そして今いった心の持ち方でそういうことも可能なんじゃないかと私は思いますね。がん遺伝子のレベルでこういう研究がこれから進んでいくと思います。

鎌田 がん遺伝子をオフにしといて、がん抑制遺伝子をオンにしておくためにはできるだけポジティブな考え方をするといいんですね。

村上 だと思います。ま、ポジティブがいいというのはわかっているんですけれども、実際問題、調子がいいときはみんなポジティブだけれど、調子が悪いときにはそう簡単にはなかなかポジティブになれないわけですよ。
そこで、どうしたらそうなれるかと。ぼくはそこがにサムシング・グレートを感じるというのかなぁ。生きているだけですごいんだと思うこと。
赤ちゃんはゼロ歳だけれど、地球生命では38億歳です。生まれるということは両親にとどまらず、地球の生命時間の気の遠くなるような時間を経た中で丹精こめてつくられた奇跡的な生命なんだと、生まれてきただけで大もうけなんだと、そう考えないとほんとのポジティブ思考にならないわけなんです。
毎日毎日生きているということは、遺伝子がすごいことを体の中でやってるってことなんです。病気は苦しいことだし、避けたいことなんだけれど、そういうことを知るってことも病気と向かい合っていくヒントにはなるんじゃないかと思うんです。もちろん病気はしないほうがいいんだけれども病気をしても生きているということはやっぱりすごいことだと。

今が一番しあわせと思う心にヒントがある

鎌田 がん抑制遺伝子をオンにするためには食べ物や栄養の摂取、運動など肉体的環境の変化も含め、具体的に環境を変えてみる。心の張り合い、生き甲斐を持って生きる。明るく前向きに考える積極思考を心がける。感動する心、感謝する心を忘れない。
強い目的意識と夢中になる力、人のため、社会のためを優先する利他的姿勢、人との出会いを大切にする。どれも大切なことですよね。
20世紀、科学は心の問題というかそのへんをあやふやなものと退けてきた時代だったが、21世紀は、さらに科学が進歩することによって退けてきたものを引き寄せて真理を手探りしはじめてるのかな、という気がしますね。体と心はつながっているという真理を。

村上和雄・鎌田實
今が一番しあわせなんだと思う心のあり方、
ここにスイッチがオンになるヒントや可能性があると思います

村上 科学は心の問題については少し横に置いてきましたからね。僕は去年の10月、ダライ・ラマに会ってきたんです。科学者と仏教の対話の機会を得て、まるまる1週間朝9時から5時まで、一緒にいました。
宗教家が科学者と朝から晩まで1週間も対話するという彼の姿勢はすばらしい。仏教は心のサイエンスだと。宗教家も最先端科学と触れ、人間とは何かということがわからなければいけない、一方で科学者も仏教の心の真理を学んでほしい。そうすれば、両方にメリットがあるはずだというんです。しあわせだと感じたときに脳の中にどんな変化が起こっているか、瞑想のときにどういうことが起きるかを科学者と共同研究をやっているという大変興味深いことも言っていました。
また、いつが一番しあわせですかという問いに、「right now」=「今だ」と答える彼の言葉はポジティブそのものです。しあわせは将来にも過去にもなくて今なんだと言う。今が一番しあわせなんだと思う心のあり方、ここにスイッチがオンになるヒントや可能性があると思うんですよ。

鎌田 ああ、それは最後にいいことばだな。読者に役に立つ情報をいっぱいありがとうございました。面白かったです。

(構成/松沢実)

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