スペシャル対談 「がんばらない」の医師 鎌田實 VS WHO心身医学・精神薬理学教授 永田勝太郎

撮影:大関清貴
発行:2005年3月
更新:2019年7月

人間誰しもが心の中にアウシュビッツを持っている

鎌田 17-KS-Sを増やすための方法は、かなり解明されてきたんですか。

永田 はい。いちばん簡単なのは、DHEA-Sを口から投与する方法です。日本ではDHEA-Sのサプリメントは売られていませんが、先ほど挙げたような補剤を投与すれば17-KS-Sは上がってきます。後はよく眠る、食事をきちんととる、運動をする。生き甲斐を持つことも脳を活性化します。鍼も17-KS-Sを上げますね。
今アメリカでは相補代替療法の一環として、鍼が非常に盛んですよね。日本人は肩や腰が痛いという理由で鍼をやる人が多いけれど、アメリカ人はむしろアンチエイジングのために鍼をやっている。
実は私も病気で倒れて熱海の温泉病院に入院したとき、主治医に頼んで鍼治療を受けさせてもらったことがあるんです。

鎌田 鍼は効いたと思いますか。

永田 ええ。当時は主治医に、「あなたは一生立てないし、歩くこともできない。車椅子も無理です」って言われたぐらいですから。

鎌田 筋膜炎っていう病気?

永田 最初はそうですね。4年前、下肢の節膜の炎症を起こしてステロイドを処方され、あっという間に寝たきりですよ。リハビリも受けたんですが、主治医が「リハビリなんかしたって、どうせよくならないよ」と思っているのがよくわかるんです。

鎌田 じゃあ、自分で治したの?

永田 というより、たまたま熱海の温泉病院の副院長をよく知っていたので、転院させてもらったんです。そこの優秀な技師さんにリハビリを受けたのですが、いくらやっても改善しない。だんだんうつ状態になってきて、至高体験どころではなかったですね(笑)。
いちばんきつかったのは、弟子たちがどんどん離れていったこと。何人もいた弟子が皆いなくなったことが、いちばんショックでしたね。
そんなとき、私はフランクルの奥さんのエリーさんに手紙を書いたんです。「エリーさん、さようなら。僕はフランクル先生の元に行くよ」って。フランクル先生が亡くなった半年後に私が倒れたもんだから、エリーさんもビックリしましてね。「あなたが病気で倒れたなんて信じられない。私は何もしてあげられないけれど、フランクルが生前いつも言っていた言葉をあなたに贈ります」。そして、フランクル先生の言葉を手紙に書いて送って下さったんです。
「人間誰しも心の中にアウシュビッツを持っている。でも、あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望しない」。どういうことかというと、「あなたを���っている誰かや何か」すなわち「あなた固有の意味」があるかぎり、生き延びることができるし、自己実現できるということです。
この言葉ですよね、私を生き返らせてくれたのは。私はその手紙を100回も200回も読み返しました。でも考えてみれば、弟子は去って行くし、いいことなんて何もないわけです。「僕を待っている誰かや何かなんてあるのかなあ」と腐っていたときに、うちの大学の学生たちが何人も見舞いに来てくれた。「俺も捨てたもんじゃない、よーし、もう1回リハビリやってやろうじゃないか。もう1度復帰できたら医学教育に生涯をささげよう」と思い直し、それからは毎日、必死でリハビリと鍼治療を続けました。それが、ここまで快復した理由でしょうね。

患者の実存的転換をうながすロゴセラピー

鎌田 実存分析の手法の中に、ライフレビュー・インタビューというのがありますよね。最近ナラティブという言葉も使われていますが、これらは似たものですか。人に話をすることで、自分の心を癒していく作業。

永田 似ていますね。ライフレビュー・インタビューはアメリカの老年医学者ロバート・バトラーが提唱したものです。人間、年をとって死が近づくと、誰もが「自分の人生は本当にこれでよかったのか」と考えますよね。そこで、あなたの人生には十分生きる意味のあった人生だったということを、一緒に振り返っていくわけです。
たとえば、おばあちゃんに「あなたの20歳のときのことを教えてください」と聞くと、「戦争が終わって食う物もなくて、私は本当に苦労したよ」と話し始める。書きとめながら話を20分ぐらい聞いたら内容を振り返って、最後に1言、「○○さん、あなたの20代は大変つらかったけれど、素晴らしい20代だったんですね」と、ポジティブに振り返っていくわけです。

鎌田 それによって実存的転換が起こる場合があるわけですね。僕のところに、家族と折り合いが悪くて、「家族には死を知られたくない。1人だけで死んでいきたい」という患者さんがいましてね。この方と話しているとき、こんなことがあったんです。
彼女は「自分の葬式にはこのテープを流してほしい」と言って、好きなシャンソンを集めた1本のテープを聴かせてくれた。彼女がテープの最後に選んだのは、「いろいろ嫌なこともあったけど、人生に後悔はしていない。今はすべて水に流して、これからの人生を生きていこう」という歌だった。それを聞きながら、「この人には家族にまつわる嫌な思い出があるんだろう。でも心の中では、すでに家族のことを許しているのかなあ」と感じた。いわば彼女は自力で実存的転換を果たしたわけですね。
そのときの僕には、実存的なセラピーを行っているという意識はなく、ただの聞き役になっていただけだった。ただ、偶然彼女が前向きの思考を持っていたために、それが可能となったわけです。
しかし、誰もがそれを自力でできるわけではない。それができない人のために、先生はロゴセラピー(実存分析)というものを実践しておられる。それは患者さんの実存的転換を少しずつ誘導していく治療法を言うのですか。

永田 そうです。実は非常に面白いケースがあるんです。35歳の独身女性で、体中が痛くてたまらず、線維筋痛症と診断された。彼女は学生の頃から銀座のクラブで働いておりましてね。家庭の事情で、生活費や学費は自分で稼がなければならなかった。ところが、せっかく貯めた500万円をボーイフレンドにソックリ持ち逃げされ、そのショックで体中が痛み出したんですね。いろいろな病院に行ったが結局原因がわからず、巡り巡って私のところに来たんです。
彼女の場合は交感神経が大変緊張して、漢方でいう於血がひどい状態だった。線維筋痛症の他にも慢性疲労症候群があり、ボロボロの状態でした。月に1度、私のところで漢方を処方していたのですが、ちっとも効いてこないんですよ。
ところが、あることをきっかけに、彼女はあっという間によくなってしまった。そのプロセスというのが、まさに実存分析的なんです。去年のアテネ・オリンピックで、トップを走っていたブラジル人マラソン・ランナーが見物人に邪魔されて、3位に終わった事件がありましたよね。そんな目にあったにもかかわらず、彼は実に爽やかな態度でゴールインした。そのとき、たまたま彼女もテレビでこのシーンを見ていたんです。
「そうか、人生ってどんなに必死で走っていても、最後にこうやって倒れることもあるんだ。私もそうだったかもしれないなあ」。そう思ったら、フーッと全身の力が抜けたというんですね。その翌日から、私がずっと処方していた利水剤が猛烈に効き始めた。「私の体の中にこんなに水が溜まっていたの」というぐらい尿が出て、症状もどんどん改善し、今では普通の女の子になっちゃった。
その背景には、彼女を丁寧にサポートしていた、ある若手医師の存在があった。治療者が彼女を見捨てずにフォローしていたからこそ、治療の効果と、彼女の気づきがフッと1つになったのではないか。治りたい患者と治したい治療者がいて、お互いの周波数が何かの弾みでマッチしたときに、奇跡のようなことが起こる。先ほどの至高体験などは、まさにそれだと思うのです。

苦難と死こそが人生を意味のあるものにする

永田勝太郎・鎌田實
患者さんの実存的転換(生き方が変わる)が起こると、
病を従えてしまうことがあるのですね。がんになっても
「ああ、生きていてよかった」と思えるような経験をした
かどうか。こうした至高体験が実存的転換につながって
いると考えられています

鎌田 最後に、大好きなフランクルの言葉を挙げて終わりにしたいと思います。
「苦難と死は人を無意味なものにしません。そもそも苦難と死こそが、人生を意味あるものにするのです」。苦難の中でこの本を読んでいる方もいると思うのですが、苦難の中から何かしら意味を見いだすこともできる。

永田 そうですね。意味を見いだすための大きなチャンスを与えられたと考えればいいのではないでしょうか。闘病中にラジオを聞いていたとき、こんな言葉が耳に入ってきたことがあります。
「あなたがその苦難に耐えられるからこそ、神様はあなたに苦難を与えたのだ」
鎌田先生もよく言われるように、絶対にあきらめないことが大事。僕だってあのとき「俺はもうダメだ」と思っていたら、今ここに存在していないですものね。

鎌田 今日はありがとうございました。

(構成/吉田燿子)

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