免疫ビッグ対談 世界的免疫学者(理化学研究所 免疫・アレルギー総合研究センター長)谷口 克 × 鎌田 實
LAK療法はがん治療に役立たない
鎌田 米国国立衛生研究所(NIH)のステーヴィン・ローゼンバーグ博士によって確立されたLAK療法はがんの免疫療法として広く知られていますが、このLAK療法はがんを治癒させるのに役立つのでしょうか。ご自分の病気のことをよく勉強する方は、一般的に行われている数少ない免疫療法として、LAK療法について、選択しようか迷われることがあります。
谷口 LAK療法は患者さんのリンパ球を取り出し、インターロイキン2と一緒に培養して非特異的にリンパ球を増やし、患者さんの体内へ戻す免疫療法ですが、すでに効かないということが明らかにされています。米国NIHは、LAK療法はがんに効かないという声明を発表しています。なぜ効かないのかというとがん細胞に特異的に反応するリンパ球を増やしているわけではないからです。単にリンパ球を増やして投与しているだけなので、がんを異物(非自己)として認識し攻撃することができないのです。がんを攻撃する特異的なリンパ球を増やして戻さないことには、がん治療に役立たないのです。
鎌田 よくわかりました。こういう事実を知っておくことは大切ですね。私もLAK療法を受けたいという患者さんの紹介状を書いて送り出したことがありますが、ちょっと元気になったかなぁという感じは受けるのですが、病状はそんなに変わりませんでした。
谷口 私にもそんな経験があります。私の学生がスキルス性胃がんにかかり、LAK療法を行いましたが、塞がっていた胃が少し開いて飲み水などが腸で吸収されるようになり、胃から戻さなくなって吐くのが止まったのです。痛みも和らいで、子どもの入園式に出席するなど一時的に元気を回復したのです。しかし、その効果はあくまでも1週間程度の一時的なもので、やはり長続きはしませんでした。
鎌田 どうして一時的に患者さんは元気になるのでしょうか。
谷口 かつてリンパ球のことを栄養細胞といったのですが、リンパ球などを輸血すると一時的に元気になります。LAK療法で元気が回復したというのも、その効果が大きいのだと思うのです。LAK療法を受けた患者さんと受けなかった患者さんの治療後の生存期間などを比較した*無作為比較試験では、両者にまったく差が出ていないことから、そう思わざるを得ないのです。
*無作為比較試験=患者を2つのグループに分け、既存の治療法と新しい治療法のどちらが優れているかを調べる臨床試験
がんの自然退縮はなぜ起こるのか
鎌田 肝臓がんや乳がんなどが転移し、もう治らないと思われていた進行がんが���癒することがあります。がんの自然退縮によって治癒したという症例がときどき報告されますが、なぜ自然退縮というのが起きるものなのでしょうか。
谷口 がんの自然退縮が生じるのは、がん患者さんの免疫状態のさまざまな局面が考えられます。転移した進行がんを治癒させるには、がんを攻撃するリンパ球が増えなければなりません。しかし、がんが存在する状態では免疫不全の状態にあるのですが、あるタイミングでリンパ球が一挙に増大することがあります。たとえば、がんの近くでひどい炎症が起こったり、感染症にかかったりすると、がんと特異的に反応するリンパ球が一時的に大量に増えることがあります。その結果、がんも攻撃を受けて治癒してしまうのだと思います。
鎌田 治るはずのない転移したがんが治るのは、こういうことだったのですね。人間の体の不思議さを感じます。突然、何か免疫を活性化させることが起こり、そのためがん細胞が自然退縮したと考えられるのですね。
谷口 ほとんど感染症がきっかけだと思います。一挙に免疫力を強化するものは、感染症以外に見つかっていないからです。実際、細菌感染によってがんを攻撃する免疫療法も試みられています。かつて大阪府立成人病センターの林昭さん(現・CI林免疫療法クリニック院長)の奥さまががんの全身転移で余命数カ月と告げられたとき、恩師の故・山村雄一教授(当時・大阪大学医学部第3内科)が始められていたBCGの投与によるがん治療を思い出し、ご自身で試され、劇的に回復して治ったということがあります。BCGは弱毒化した結核菌を用いたワクチンで、それによってがん特異的リンパ球を活性化させたことががんの治癒につながったと考えられています。
奥さまの免疫力ががんによって疲弊していない状況だったことや、がんの変異や増殖のスピードもそんなに高くなかったということなどの好条件が重なったのも有利に作用したのだと思います。そんな条件の中でBCGの投与によって免疫力が強化され、全身に転移したがんが消滅してしまったのでしょう。現在、膀胱がんの再発予防にBCG注入療法が普及していますが、それも同じ考え方によるものです。
鎌田 感染症ほど免疫力を強化するものはないとしても、ほかに免疫力を活性化させるものはないのですか。
谷口 ある種の免疫療法剤の中にも、そのようなものがあります。炎症とは異なりますが、免疫細胞を非特異的に活性させるのです。しかし、ほとんどの場合、がんのほうの進展が速いことから多少、免疫全体を活性化させても追いつきません。一人ひとりの患者の免疫状態を正確に見据え、的確なタイミングで投与しなければならないのですが、それができていないところに大きな問題があるのです。
肺がん治療に期待がもてるNKT細胞

鎌田 谷口先生のところでもアルファガラクトシルセラミド糖脂質(αGalCer)を用いた免疫療法の臨床試験を始められているそうですが、どのようなものなのでしょうか。
谷口 免疫系の中でがん治療に役立つと新たに期待されているのが、NKT細胞という免疫細胞です。このNKT細胞をアルファガラクトシルセミラド糖脂質という化学物質で、特異的にNKT細胞を介して、がん免疫系を活性化してがんの死滅をはかるというのが私たちの始めた新たな免疫療法なのです。その効果はまずマウスの動物実験で確かめられました。マウスの脾臓にメラノーマのがん細胞を移植すると肝臓へ転移して大きくなりますが、アルファガラクトシルセラミド糖脂質を投与すると肝臓への転移が予防できたのです。つまり、自然の状態ではNKT細胞にがん抑制効果はありませんが、アルファガラクトシルセラミド糖脂質の投与によってNKT細胞が目を覚まし、活性化したそれががんの肝転移を防ぐわけです。アルファガラクトシルセラミド糖脂質はヒトNKT細胞活性化にも有効で、すでに肺がんの患者さんを対象に安全性を確かめる第Ⅰ相臨床試験(フェーズ1)を2年前から行ってきました。腫瘍はあまり縮小していないのですが、大きくはなっていないので抑制効果が認められます。また、肋膜に転移しているのに胸水が溜まらない例が3例中2例に見られました。治療法が尽きて余命は半年から10カ月程度と思われる患者さんばかりなのですが、この2例は1年8カ月以上も元気で過ごしている方がいます。今年から第Ⅱ相臨床試験(フェーズ2)を約40名のがん患者さんを対象に始めました。本当に効くのかどうか、どうやれば効くのかを検証します。NKT細胞を用いた免疫療法はアルファガラクトシルセラミド糖脂質でそれが活性化するだけではなくて、NKT細胞から分泌されるγ-インターフェロンなどによって自然免疫系や獲得免疫系が活性化する点も大きいといえます。
鎌田 先生のご研究、期待しています。苦難のなかにいるたくさんのがん患者さんに、新たな希望の治療が現実のものとなる日が、早く来ることを願っています。本日は、ありがとうございました。
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