私の帽子が患者さんのお役に立てるならこんな嬉しいことはありません 帽子デザイナー・平田暁夫 × 鎌田 實

撮影●板橋雄一
構成●江口 敏
発行:2012年10月
更新:2019年7月

帽子がサポートするかぶる人の人柄、立場

天皇陛下・皇后陛下始め皇室御用達の西麻布のサロンで

天皇陛下・皇后陛下始め皇室御用達の西麻布のサロンで。鎌田さんお気に入りの平田さん手作りの帽子を手に

鎌田 
私は帽子が好きで、平田さんに作っていただいた帽子もいくつか持っていますが、平田さんが言われた言葉で忘れられないのは、「帽子はかぶる人に勝ってもいけないし、負けてもいけない」という言葉です。

平田 
かぶる人の人柄とか立場を、ちゃんとサポートする帽子でないといけませんね。

鎌田 
私がきょうかぶってきた
夏の帽子は、平田さんに3㎜幅の麦わらから作ってもらった帽子ですが、ちゃんと私に合わせていただいたわけですね。

平田 
オリンピックのゴールドメダルのような、輝かしい金の帽子をと思ったんですが、ちょっと軽い感じの帽子になりました(笑)。

鎌田 
みんなにこの帽子を賞められるんですよ。「平田さんの帽子です」と言うと、「あぁ、やっぱりね」って言われますね。ひとついい帽子を持つと、何となく嬉しくなりますね。

平田 
面白いのは、ひとつ気に入った帽子があると、次の帽子を買っても、気に入った帽子が壊れるまでかぶっちゃう(笑)。

鎌田 
昨年は毎日ファッション大賞を受賞されましたね。

平田 
昨年6月に表参道で、「ヒラタ ノ ボウシ 平田暁夫帽子展 伝統のフォルム・未来へのエスプリ」という展覧会を開いたんです。それに対して与えられた賞です。私の最後の展覧会というつもりで開催したんですが、それに対して賞が与えられるとは思いませんでした。ヨーロッパでは帽子そのものを見て、「エッ!」と驚き、最敬礼してくれます。私はそういう帽子を何10年も作ってきたことに誇りを持っています。ファッション大賞を授与されたことは嬉しいことですが、何か大規模な展覧会を開かないと評価されないのかと、日本の文化の評価の仕方という点では、いささか複雑な気持ちですね(笑)。

パリから帰国後すぐに美智子妃の帽子を作る

鎌田 
皇室の方が平田さんの帽子をかぶってくださるようになったのは、いつ頃からですか。

平田 
東京オリンピックの次の年、昭和40年にパリから帰ってきましたが、その年か翌年にご注文をいただきましたね。

鎌田 
どなたでしたか。

平田 
まだ皇太子妃でいらした美智子皇后さまです。当時、皇太子ご夫妻が天皇陛下ご夫妻のご名代でいろんな式典や外国に出かけられましたから、その都度ご注文を受けて妃殿下の帽子を作らせていただきました。忙しかったですねぇ。美智子皇后さまのお帽子は46年作らせていただいています。

その後、昭和天皇ご夫妻が初めてヨーロッパを訪問されるとき、宮内庁から皇后さまの帽子のデザインを頼まれましたね。当時はすでに海外からいろんなオートクチュールが入ってきていましたから、宮内庁に対する売り込みが激しかったようです。戦前駐ドイツ大使を務め、戦後日独協会会長を務められた武者小路公共さんの奥さまが、皇后さまの衣装係をされていて、「ジャン・バルテのところにいた人が東京にいるはずだ」と探して、私を紹介してくださいました。

当初、宮内庁は「平田は男だからダメだ」と言っていたようですが、武者小路さんが、「外国に行かれるのだから、ちゃんとした物を身につけなければ恥ずかしい」と言って、私を強く推してくださったのです。それ以来、皇后さまの帽子は私が作らせていただきました。

鎌田 
いまの天皇陛下の帽子は?

平田 
何度か作らせていただきました。天皇陛下は同じ帽子を長くかぶっていらっしゃいますね。この間も日除け帽子のお手入れが来たので「これは20年前でしたか」とお尋ねしたら、「いえ、30年前です」と言われました(笑)。鎌田さんのと同じ材料です。もっとつば広ですが。

独創性も大切だが流行にも逆らえない

鎌田 
いい帽子は、ちゃんと使えば、30年使えるということですね。ジャン・バルテ氏が来日したとき、平田さんの帽子を見て、「日本の帽子作りはフランスより進んだ」という意味のことを言ったそうですね。

平田 
(無言で微笑む)……。

鎌田 
平田さんが新しい帽子を作り続けてこれたのは、やはり独創性があったということですか。

平田 
独創性も大切ですが、やはり流行もあります。流行に逆らうことは難しいですね。日本人にとって流行はどのあたりまで採り入れればいいのかなぁ、といったバランス感覚が大事でしょうね。

鎌田 
なるほど。流行には逆らえないけれども、あまり流行に走りすぎでもダメなんですね。少し前を見ながら、日本人が受け入れられるぐらいのものを作っていく。

平田 
最近は、日本人のものを見る目もかなり良くなってきましたから、楽しみですよ。若い人たちが帽子を好きになってきています。希望は持てます。ただ、市場が拡大するにつれて、量産ものが増える(笑)。

鎌田 
洋服は同じものを着ていても、帽子が変わると気分が一変しますよね。

帽子の効用について鎌田さんとその制作者平田さんが語り合う

帽子の効用について「平田さんの帽子を6つも持っている」という鎌田さんとその制作者平田さんが語り合う

平田 
それは変わりますよ。

鎌田 
実は私は平田さんの帽子を6つ持っています。6つあると、結構楽しめます。

平田 
それだけあれば十分でしょう。

鎌田 
いや、お店に来ると、またひとつ欲しくなる(笑)。Tシャツのとき、スーツのとき、着るものによって、かぶる帽子は少しずつ違うじゃないですか。

平田 
そうですね。新聞か雑誌かテレビで拝見したんですが、鎌田さんがごく普通な感じの帽子を、さりげなくポッとかぶっている姿がありました。いい感じでしたよ。

鎌田 
そうですか。パレスチナとかイラクの戦場に行くときは、平田さんの帽子というわけにはいきませんから、パパスの帽子をかぶるんです。パパスの帽子は10個ほど持っており、危険な地域へ行くときは、頭を保護するためにも、その中のひとつをかぶるんです。ゆったりと旅行するときは、もちろん平田さんの帽子をかぶります(笑)。

がん患者さんもいい帽子で免疫力を高めてほしい

がん患者さんもいい帽子で免疫力を高めてほしい

平田 
鎌田さんは戦場地帯にも行くんですか。

鎌田 
7月に行ってきたのは、パレスチナのガザというところです。

平田 
恐いところですよね。

鎌田 
現在の世界では、シリアの次ぐらいに危険なところです。今回私が行ったときも、前日にイスラエル空軍の爆撃があり、13人死者が出たと言ってましたね。あの地域は62年間も憎しみ合い、殺し合っていますから、何とか平和をもたらせないかと、私もいろいろ協力しているわけです。昨年、そのための絵本を作りました。イスラエル人にもパレスチナ人にも読んでもらうために、ヘブライ語、アラビア語、両方に翻訳し、その地域のお母さんや子どもたちに配りました。

平田 
どんな内容の絵本ですか。

鎌田 
イスラエル軍に殺されたパレスチナの少年の心臓が、イスラエルの心臓病の少女に移植され、女の子は元気になった、という実話を絵本にしたのです。憎しみ合い、殺し合ってきたイスラエルとパレスチナの間で、そういう奇跡的なことが行われたのです。これは和平に向けた「一粒の麦」になり得ると思って、ポケットマネーで絵本にして配ったわけです。そうした関係で、パレスチナへ行くとき、私は必ず帽子をかぶります。

いずれにしても、私自身が帽子が好きで、平田さんに作っていただいたいい帽子をかぶると、気分が一新し、生命力がみなぎってくるような気持ちを経験していますから、抗がん剤治療で髪の毛を失った人を含めて、がん患者さんにもぜひ1個、いい帽子を手に入れて、気持ちを活性化し、免疫力を高めて、がんと闘ってほしいと思いますね。

平田 
女性のがん患者さんにターバンを頼まれることが、ときどきありますよ。

鎌田 
男性の患者さんも抗がん剤で髪の毛が抜けますから、帽子をかぶる人は多いです。それから、平田さんにがんばっていただき、もう1度、日本社会に帽子文化を広めたいですね。

平田 
帽子文化が広がる気配はありますから、楽しみなんですが、問題は私のいのちがいつまで保つのかです(笑)。

鎌田 
大丈夫ですよ。きょうお目にかかって、平田さんの気持ちが全然へこたれていないことを再認識しましたよ(笑)。平田さんは伊那のご出身で、私は八个岳山麓の諏訪中央病院で仕事をしているという、長野県つながりのご縁もあります。

平田さんにはいつまでもお元気で、国難状況にある日本人に、帽子で勇気とパワーを与えてほしいと思います。

 

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