生きてる限りこのファッションスタイルを貫きたい 福祉美容師・篠田久男 × 鎌田 實
派手なファッションはがんと闘う鎧です
篠田 (じっと鏡の中の鎌田さんを眺めながら)こうして先生の新しい髪型ができあがってくると、何だかボクも楽しみになってきました(笑)。
鎌田 床屋さんにやってもらうのは25年ぶりぐらいだし、しかもカリスマ美容師にカット、染髪してもらうのは初めてだから、緊張しつつも楽しみだよ。仮に失敗しても、篠田さんにやってもらったんだから、ノープロブレムだし、男の約束を果たして成功したら、ホントに嬉しいね。
篠田 失敗は成功のもとですから(笑)。
鎌田 そうだね。中高年のおじさんたちに注目されたら面白いね。今の世の中、景気も悪いですが、だからといって萎縮していたらダメです。思い切って髪型でも変えて、明るく気分転換しなきゃね。
篠田 ボク、年齢のことなど考えたことありませんよ。だから、いつまでもこんな格好をしているんです。髪型もファッションも、年齢によって変わる部分はありますが、気持ちは努めていつまでも若く保つことが大事だと思います。
鎌田 そう。私がきょうかぶってきた帽子は、世界的な帽子デザイナーの平田暁夫さんに作っていただいた帽子なんだけど、昨年、この雑誌で平田さんと対談したんです。
その対談の中で、私は、がん患者さんも抗がん薬治療で髪の毛が抜けても、平田さんが作られるような、値段は多少高くても、カッコイイ帽子をかぶれば、きっと気分も変わり、免疫力も高まるという意味のことを言ったんです。それと同じで、がん患者さんもたまにはカリスマ美容師にカットしてもらって、気分を変えたらいいかも知れませんね。
篠田 施設の子供たちやお年寄りには、とても喜んでいただけます。がん患者さんのお役に立てたら嬉しいですね。
鎌田 篠田さんは悪性リンパ腫のステージⅣですから、落ち込んで萎縮していたら治らなかったでしょう。派手なカッコして明るい気持ちで、福祉美容師の仕事をやってきたから、ここまで治ったんだと思う。髪型やファッションは、気分を明るくするという意味で、結構大事なんじゃないかと思います。
篠田 私の中では、ファッションはオシャレであると同��に、一種のお守りなんです。言い方を変えれば、鎧です。
鎌田 いいこと言うなぁ。がんと闘って壊れそうな心を、ファッションという鎧で奮い立たせているわけだ。
篠田 そうです。それから、自分に対するひとつの癒しという面もありますね。ボクが派手な格好をしていても、他の人には害はないわけですから、それで安心を得られればいいわけです。
悪性リンパ腫と闘い、父の虐待を許せた
鎌田 なるほどね。篠田さん、今いくつ?
篠田 57歳です。60歳になっても、70歳になっても、生きているかぎり、このファッションスタイルを貫きたいと思っています。
鎌田 最近、ギターを買ったんだって?
篠田 買いました、ローンで(笑)。毎日、少しずつですが、弾いてます。昔やっていたんですが、腕は戻らないですね。ほとんど自己満足ですね(笑)。
鎌田 お父さんから虐待を受けていた頃、ギターは心の支えだったんでしょう。
篠田 なってました。今でもギター、音楽は心の支えです。
鎌田 お父さんに虐待された子は、アダルトチルドレンと言って、大人になっても心の傷を引きずると言われますが、篠田さんはそれを乗り越えられたんですね。
篠田 ボクが家を出てからは、両親もつらい思いをしたと思っています。ボクも親になって分かってきたこともあります。自分が今日あるのは、両親のお陰だと、プラスに考えられるようになりました。それがなければ、現在の自分はありません。いろいろ苦しいこともありましたが今では父を尊敬しています。
鎌田 学校ではいじめられなかった?
篠田 クラスメートにいじめられました。先生は厳しい先生でしたが、ボクには良くしてくれました。いい先生でした。
鎌田 先生は、篠田さんがお父さんにいじめられていることを知ってた?
篠田 もちろんご存じでした。昔いじめられたクラスメートに同窓会で、「今、何やってるの」って訊かれたら、「小さいながらも、美容店の代表取締役をやってるんだ」と言いたいと思っていたんですが、その機会はありませんでした(笑)。
鎌田 3つ店を持って、カリスマ美容師としてバリバリやっていたときに、がんになってしまって、店を手放さざるを得なくなった。口惜しかっただろうね。
篠田 当時ボクはフランチャイズ店舗展開を目指していて、ちょうどその頃、3軒の店のローンを5年ほどで順番に払い終わったところでした。
鎌田 ローンを早く返すために、ものすごく働いたんだ。
篠田 毎日、自宅に帰るのは深夜でした。そのために夫婦ゲンカになったこともありました(笑)。しかし、借金は人を努力させるものですよね(笑)。
チョコレート募金にのめり込んだ理由とは
鎌田 がんになって、3つの店を処分したわけですが、治療費が大変だったでしょう。
篠田 幸いなことに、私はがん保険に入っていたんです。
鎌田 そう! よく入っていたね。
篠田 よく言われます。ただ、治療費はがん保険で賄えますが、日々の生活費はかかりますから、おカネは右から左へ消えていきます。妻を苦労させるのはイヤだと思い、いっそ死んでしまったほうが……と思ったこともありました。そのときふっと浮かんだのが母の顔でした。
鎌田 篠田さんはおかあさんのこと、好きだったんですね。
篠田 母は晩年、失明して黒い眼鏡を掛けていました。鎌田先生のJIM-NETが毎年、バレンタインチョコで募金活動をされていますが、そのチョコ缶の絵を描いたのは、右目のがんで3年半ほど前に亡くなった、イラクのサブリーンという少女ですよね。私はサブリーンの絵を見て母を思い出し、募金などに協力させていただくようになったんです。
鎌田 そうか。篠田さんが「サブリーンの絵に泣いた」と言っていたのは、そういうことだったのか。
篠田 母は暴力を振るう父にも、家出をしてしまったボクにも、1度も愚痴を言わないし、泣きませんでした。年齢は違いますが、黒い眼鏡をしてスカーフをかぶっているサブリーンの写真が、晩年のボクの母を彷彿させたんです。
鎌田 それで一生懸命、バレンタインチョコ募金に協力してくれたんだ。
篠田 鎌田先生にはボクを再度呼んでいただきありがとうございます。また、ボクの恩師であり全日本美理容大会で優勝した実績のある横田先生並びに医療関係者、施設の方々にこの場をお借りして感謝申し上げます。
鎌田 篠田さんと話していると、また泣きそうになるから、床屋対談はこの辺で終わりましょう。(改めて鏡を見つめて)きょうは素敵な頭にしていただき、ホントにありがとうございました(笑)。
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