他人のために生き、日々感動することで生きる力が湧いてくるのです がんサポート編集発行人・深見輝明 × 鎌田 實

撮影●板橋雄一
構成●江口 敏
発行:2013年7月
更新:2018年8月

エンジョイヤーとしてがんでも楽しく豊かに

「深見さんが私に残してくれた宿題に真剣に応えなければ」と話す鎌田さん

このがん治療に関する4つのメッセージに加えて、最後に私を名指しして「これをやってください」と言われたのが、「エンジョイヤー(生楽者)支援活動」でした。従来、「がんサポート」が主に取り上げてきたのは、がんから生還する「サバイバー(生存者)」を増やす情報でした。つまり、がんの最先端医療を使いながら、がんから完治していく人をいかに多くつくり出すかが、「がんサポート」の大きな役割だったわけです。

しかし、深見さんは「がんサポート」を10年やってきて、サバイバーを多くつくることもさることながら、がんと闘いながらも、人生を楽しく、豊かに、たくましく生きるエンジョイヤーを新たに提唱し、支援することに踏み出そうとしていたのです。がんであっても、元気に旅をする人や、新たに起業する人たちを取り上げ、応援していけば、多くのがん患者さんにいい刺激を与えることができる、という考え方です。

いまや日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで死ぬ、と言われる時代です。実際、毎年30数万人ががんで亡くなり、おそらく100万人以上の人ががんでありながら、生活者として生きています。

その人たちががんに脅えて生きるのではなく、エンジョイヤーとして人生を楽しみながら生きる。万が一、がんで亡くなるとしても、最後までエンジョイヤーとして楽しく、豊かに生きる。深見さんはがん患者さんがエンジョイヤーとして生きられるよう、がん治療の支援態勢も考えていたに違いありません。

私は名指しで「エンジョイヤー支援活動」に協力するよう宿題を出されましたから、それに応えたいと思っています。深見さんの熱意にほだされて受けた巻頭対談も、もう1度気合いを入れ直し、新しい情報を織り込んだり、無名の人でも楽しく、豊かながん闘病生活を送っている人を対談相手に選んだりして、できるだけエンジョイヤーをキーワードに展開していこうと思っています。

エンジョイヤーはサバイバーをいちだん乗り越えた、これからの10年の視点を教えてくれた気がします。私はエンジョイヤーという言葉をバイブルとして頭に置きながら、深���さんの宿題に応えていこうと考えているところです。

他人のために働くことが自分の生きる力になる

そもそも深見さんが、巻頭対談のホスト役を私に依頼してきたのは、がん患者さんには最先端医療情報だけでなく、心のケアも重要だと思っていたからでした。私の著書『がんばらない』(集英社)を読んでいて、だからこそ、その対談のホスト役には私が最適と判断し、わざわざ茅野の私の病院まで訪ねて来てくれたのです。そして心の問題や肩の凝らないホッとする部分とかそういうものを私にやってほしいと思って、頼んできたんだと思います。

そして、深見さんが私に宿題として残してくれた、がん治療の今後の10年を洞察したメッセージをよくよく読み返してみると、深見さんが鎌田流視点に限りなく近づいてきてくれていたことに気がつくのです。その意味でも、深見さんの急逝はかえすがえすも残念です。

私は4月に、『がまんしなくていい』(集英社)を出しました。編集者が「新しい脳内革命だ!」というキャッチフレーズを作ってくれましたが、意識を少し変えることで、生き方が随分ラクになる、という話です。

例えば、人のために行動を起こす人と、自分のためにしか行動を起こさない人がいるとします。一般的には、それは性格の違いだといわれますが、私は内科医ですから、内科医的なアプローチをして調べてみると、どうも脳内神経伝達物質がその性格を左右していることがわかり、さらにそれが健康や長生きと密接に関係していることもわかったんです。

この件で私が強烈な印象を受けたのは、金沢大学で子どもの精神医学を研究されている東田陽博教授のお話です。自閉症の子どもにオキシトシンというホルモン剤を投与すると、それまで人のことを考えられなかった子が、苦労をかけているお母さんのことを心配したり、弟の面倒を見るようになったというのです。その子は性格的に暗い子と思われていたのが、実はオキシトシンが足りないだけなのだ、というわけです。

オキシトシンは、若いお母さんが赤ちゃんに授乳するときに分泌されるホルモンで、「思いやりホルモン」とか「愛情ホルモン」といわれていますが、オバさんでも男性でも、脳内神経伝達物質として分泌されています。調べてみると、オキシトシンは感染症を予防したり、ストレスを緩和したり、生きる力を与えてくれたりすることがわかりました。

では、どうやったらオキシトシンが分泌されるのかといえば、どうやら人のために働くと、オキシトシンが出るらしい。人のために仕事をしているときに、ものすごく元気な人がいますが、それはまさにオキシトシンが出ているからです。また、若いお母さんが子どもができると強くなるのも、オキシトシンの働きです。

がんになると、自分のことで頭がいっぱいになり、人のことを考えられなくなりますが、むしろ1%でも他人のために生きたほうが、オキシトシンが分泌され、生きる力、がんと闘う力が湧いてくるのです。

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