他人のために生き、日々感動することで生きる力が湧いてくるのです がんサポート編集発行人・深見輝明 × 鎌田 實
「幸せホルモン」の力でうつ的症状は改善できる

がん患者さんがエンジョイヤーとして生き抜くためには、オキシトシンのほかに、セロトニンという脳内神経伝達物質も大事です。セロトニンは、「幸せホルモン」とか「喜びホルモン」「癒やしのホルモン」といわれ、深見さんが指摘した総合的な緩和医療にも関係する物質です。とくに心の痛みに関連し、セロトニンが不足すると、うつ的になるといわれています。
現在の日本では、10人に1人がうつ傾向にあり、うつ病患者さんは100万人に達するようです。がん患者さんの中にも、うつ病まではいかなくても、うつうつとした気持ちでがんと闘っている人がいると思います。それはがん闘病生活を送っていく上でマイナスになります。ですから、うつ的にならないようにしておくことが、とても大事です。
最新のうつ病の新薬は、セロトニンを減らさないとか、セロトニンを増やす作用を持っています。しかし、うつ的な症状はあっても、うつ病ではないがん患者さんは、そういう薬剤をのむ必要はありません。セロトニンの分泌を増やす努力をすればいい。
例えば、チーズや赤身の魚、肉などを摂る食事をすれば、セロトニンは増えるのです。オキシトシンやセロトニンの分泌を増やすレシピは、この6月に発売された『鎌田式健康ごはん』(マガジンハウスムック)で詳しく紹介しました。
それから、セロトニンの分泌を増やすためには、感動することが大事です。夕日に感動したり、野の小さな草花を見て、「がんばっているな」と思うだけでいいのです。
がんになると、そうした小さな感動がしづらくなる。病院の帰りにラーメンを食べて、「ああ美味しい」と言う。家に帰って奥さんの料理を「ああ美味い」と言う。あるいは、奥さんのこと、孫のことを思う。東日本大震災の被災地に心を寄せる。それだけで、セロトニンが分泌されて、自分の生きる力となり、うつ的症状が改善されるのです。
いのちを守っている人体の3つのシステム

要するに、『がまんしなくていい』は、目には見えない、いのちを守っている人体の3つのシステムについて書いています。第1は、副交感神経を刺激すること。がんになると、長期的治療を強いられ、交感神経は緊張状態が続きます。そういうとき、ゆったりした音楽を聴くとか、ゆっくりとしたラジオ体操をするとか、ぬるめのお風呂に入るとかして、副交感神経を刺激してやれば、血の流れが改善されるとともに、リンパ球やナチュラルキラー細胞が増えるんです。
第2が、いま説明してきたオキシトシン、セロトニンという2種類の「幸せホルモン」を分泌すること。
第3は、私たちの体に備わっている免疫システムを活かすこと。近年、笑うことや希望を持つことが、免疫システムを働かせることがわかってきました。
例えば、余命3カ月と言われて、私の諏訪中央病院へ来た患者さんが、「子どものために生きたい」という希望を持ったことで、余命を1年8カ月まで延ばしたケースがあります。余命3カ月のいのちを、希望によって5年に延ばした女性もいます。それは決して偶然ではなく、笑うことや希望を持つことによって、免疫システムを働かせた結果です。
実際に、そういう人体の3つのシステムを活かす生き方をして、がんを克服している著名人もたくさんいます。乳がんの手術台の上で、医師のリクエストに応じて「下町の太陽」を歌った倍賞千恵子さん。あっけらかんと笑い飛ばしながら、6回のがんを克服してきた大空眞弓さんは、自分の葬儀は献花ではなく大好きなゆで玉子を捧げる「玉子葬」にし、1人ずつ前の人が捧げたゆで玉子を持ち帰ってもらい、お浄め用に付ける沖縄の黄色いウコンの塩で食べてほしいと言う(笑)。
がんを突き抜けて、自分らしい楽しく豊かな生き方を貫いている人が、がんを克服しているのです。
いのちを守る3つのシステムを働かせるためには、食事も重要です。『鎌田式健康ごはん』では、野菜たっぷり炊き込みごはん、減塩アイデア味噌汁、免疫力アップの食事、野菜ジュースなどのレシピを、全ページ、カラー写真付きで紹介しています。『がまんしなくていい』が、がんなどの病気を克服するための心のヒントだとすれば、『鎌田式健康ごはん』はその具体的な食事版だということができます。
遺伝子に刷り込まれているがんと闘い克服する力

最後に、私は今年1月に3週間、4月から5月にかけて4週間、アフリカ方面を旅行してきました。私がアフリカに興味を持つのは、あの地が人類生誕の地だからです。
人類は約700万年前にアフリカに誕生したといわれています。その後、道具を使うようになり、動物の骨髄を食べることによって、脳を大きくしてきました。約200万年前に、ホモエレクトスという人類の中の変わり者が「出アフリカ」を敢行し、ジャワ原人、北京原人になったといいます。彼らは一旦絶滅しています。
その後、約20万年前にホモサピエンスという人類がアフリカに現れ、それが再び「出アフリカ」を敢行し、世界に広がったのです。
近年、世界の民族のミトコンドリアを調べたところ、すべての人類が1人の母親から遺伝子を受け継いでいることが判明しています。つまり、アフリカ起源の好奇心旺盛なホモサピエンスが外へ出て、ネアンデルタール人などを絶滅させながら、今日の世界を築いてきたのです。
私たち人類は、他の種を絶滅させても生き残ろうとしてきた、アフリカ起源のホモサピエンスの遺伝子を受け継いでおり、当然のことながら、がんと闘う力も備えています。また、人類の祖先は440万年ほど前には、すでに家族を作っていた形跡があり、弱い人をケアしたり、養ったりして、人のために生きていたようです。さらに、「出アフリカ」を敢行した好奇心も受け継いでいる。
私はアフリカを旅し、人類の祖先に思いを馳せて、21世紀に生きる私たちも、がんと闘いながらも、好奇心を持って旅をしたり、絵を描いたり、そして、少しでも人のために役に立とうとすることが大切だ、と再認識させてもらったのです。
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