「がんばらない」の医師 鎌田實とがん患者の心の往復書簡 松村尚美さん編 第4回

発行:2004年6月
更新:2013年9月

あなたの痛みを想像し、心配がから回りするばかりです

鎌田實さん

かまた みのる
東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在管理者に。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(ともに集英社刊)がベストセラー。最近出版された『病院なんか嫌いだ―良医にめぐりあうための10箇条』(集英社新書)も話題になっている

医療者・鎌田實さんから がん患者・松村尚美さんへの書簡

お手紙読んでいます。何度も、何度も、読み返しています。返信が1行も書けないまま、編集者から、あなたが痛みのコントロールができず入院したと聞いて、さらに暗澹たる思いが増しています。

白い紙の前で途方にくれている自分がいます。スーパーのベンチで涙を流しているあなたを想像して、胸を痛めています。

泣くことは笑うことと同じで、副交感神経を刺激してリンパ球を増やし、血流をよくするので、がんと闘うためにはいいことだと免疫の本で読みました。涙腺を支配するのも副交換神経なので、泣きたいときには泣けばよい。がんとの闘いには、決してマイナスにはならないはずだと自分に言いきかせながら……。涙をポロポロ落としながら、毅然と痛みに耐えているあなたの姿を想像して心を痛めています。

免疫学者の谷口克さんから、前号で「免疫とは何か」「自分とは何か」「自己と非自己」「人はなぜがんになるのか」「人はなぜ治るのか」などを学びました。神経芽細胞腫やメラノーマや上顎洞がんなど、一部のがんと免疫の関係については、明るい展望を聞くことができました。この対談で免疫の基礎を学ぶことができました。しかし、あなたにすぐに役立つものを見つけられませんでした。

乳がんの再発と闘っているあなたに役立つ話は何かと迷いながら「食」「代替療法」「緩和ケア」と考えてみましたが、ここはやはり『免疫革命』を書いた安保徹さんだと思いました。彼の言葉に興味を持ちました。転移はがんが原発巣で生きづらくなってきて、苦し紛れに遠い臓器へ逃げようとしているのだから、治るチャンスでもある。自然退縮するときに腫瘍マーカーはむしろ上がるものだ。だから腫瘍マーカーなんかに一喜一憂してはいけない。副交換神経を刺激すればリンパ球を増やせる。そのリンパ球ががんと闘ってくれる。副交換神経を刺激するためには、彼が「がんばらない」ほうがいいんだと何回も言っています。『がんばらない』の鎌田としては、どうしても安保さんにお会いして、続編として、あなたの役に立つ具体的な免疫の話をお聞きしたい���思い、編集部に検討していただいています。

神経芽細胞腫=自律神経のうち交感神経に生じる小児がん
メラノーマ=悪性黒色腫。皮膚のメラニン細胞に生じるがん
上顎洞がん=副鼻腔に生じるがん

蜂窩織炎のあとはリンパ浮腫のケアを

あなたの痛みはどこから来ているのか、あなたのリンパ浮腫の原因は何かと思いをめぐらせています。

もし、痛みのコントロールが難しいなら、僕の諏訪中央病院へどうぞ、と思ったのですが、距離の遠さに唖然としています。気持ちだけは、いつでもあなたの役に立ちたい。あなたを支えたいと思っています。

あなたの病歴は、98年病期3Aの乳がんが見つかって、術前に化学療法を行い、乳房温存手術を受け、その後抗がん剤の投与、放射線治療を受け、2000年に右鎖骨上部リンパ節、右腋下リンパ節に転移が発見されたと聞いています。経過をもとにリンパ浮腫の原因を想像しています。

日本の医師はリンパ浮腫に無頓着だとよく言われます。がんのリンパ節郭清手術の後遺症として、多いデータでは25パーセントにリンパ浮腫が起こると言われています。いったん浮腫が起きると、タンパク成分が皮下組織にたまって変性して、徐々に元の状態に戻せない硬いむくみとなります。血行が悪いために感染しやすくなります。細菌が傷ついた皮膚や虫さされから侵入すると、むくみの液を培養地にして、急激に悪化して、蜂窩織炎を起こすのです。患部を安静にし、腕を上に上げ、冷やし、抗生物質を投与するというのがスタンダードな治療です。普段から、体重、水分のとり過ぎ、腕や足のケアやリンパマッサージを行うことが必要といわれていますが、尚美さんはもちろん、注意してきたと思います。どんなに注意しても、蜂窩織炎を起こしてしまうときがあるのです。しかたないことが多いのです。

蜂窩織炎は必ず治ります。問題は治ったあと、リンパ浮腫のていねいなセルフケアを継続することにあります。リンパドレナージのセルフマッサージについては、いずれこの雑誌で取り上げてもらうように編集部にお願いしました。

痛みの原因はどこにあるのだろう

「痛み」も気になっています。リンパ浮腫には重さやだるさがつきまといますが、痛みはないとよく言われます。しかし、実際はまれに痛みがあるようです。蜂窩織炎は強い痛みを伴います。蜂窩織炎の痛みなら、この痛みは炎症が治まれば必ず痛みを癒せると思います。リンパ節転移によるがんの疼痛でないといいのですが。骨転移も心配しています。痛みの種類がわからないので、心配がから回りしています。

「痛み」ってなかなかの曲者で、WHO(世界保健機関)方式のがん疼痛治療法を用いても、一筋縄ではいかないことが多々あります。痛み止めのレシピは定食スタイルではなく、一人ひとりに合わせるアラカルト方式、表現を変えるとテーラーメード方式なのだと思います。吐き気、便秘、眠気などの副作用を少なくしてくれるデュロテップパッチ(一般名フェンタニル・パッチ)のような貼り薬とか、1日2回飲めばすむ副作用の少ないオキシコンチン(一般名塩酸オキシコドン)とか、使いやすい非オピオイド(非麻薬性)系の鎮痛薬が開発され、多くの痛みが時間をかければコントロールできるようになりつつあります。改めてゆっくりご相談しましょう。

薬害エイズの悲劇を起こさないために

先週、僕が受け持っている看護学校の哲学の授業に、川田龍平君に来てもらい、現代医療がもたらした薬害の話と、HIVに感染して、エイズが発症し、死を覚悟しながら国と闘った話を聞きました。エイズ=死という当時の常識のなかで、18歳の青年がよく生き抜いたと思います。眉間にしわを寄せて、うつむきかげんに悲しそうな目をした20歳そこそこの青年の真摯な姿に胸が塞がれる思いでした。

28歳になった青年は、いい笑顔で諏訪中央病院にやってきました。地球上ではすでに5千800万人の人がHIVに感染し、2千200万人の人がエイズで死んでいます。昨年だけで530万人の人が感染し、300万人の人が死んでいました。

その一方で優れたエイズ治療薬ができ始めています。龍平君も薬が効いて、ヘルパーT細胞が正常化し、免疫機能が戻ってきたそうです。大切なことは、ここでも、やっぱり免疫なのです。

日本の医療が情報公開をせず、アメリカではすでに使用禁止になっていた止血のための非加熱製剤を2年半も許可していたため、2000人もの血友病患者がHIVに感染してしまいました。差別を恐れて周りの目を気にし、家族に害が及ぶことを心配して、多くのHIVの感染者たちは、恨みや苦しみや悲しみをひと言も語らずに亡くなっていきました。彼は仲間の言えなかった思いを、勇気を持って語り始めました。

来週もう一度病院に来てもらって新規採用のレジデントの青年医師3名に、インフォームド・コンセントについて話をしてもらうつもりです。若い医師が患者さんから学ぶことが大切だと思っています。薬害エイズのような悲劇が二度と医療の現場で起きないようにしていきたいと思っています。

この地球で、この日本で少しでも長く一緒に

会社の帰り道、街灯の明かりのもと、尚美さんがかいだ花の香りは何の花だったのかと想像しています。沈丁花だろうか、木蓮だろうか、きっと当たっていないでしょう。今日はあなたの手紙にドキドキしながら、リンパ浮腫についても、痛みのことも花の香りも、みんな想像で語りました。

あなたの役に立ちたいという思いが、身のほど知らずであることに少しずつ気がつきながら、役に立てなくても「まだお会いしていないあなたへ、一緒に生きていましょうね。私はここにいますから」というあなたの言葉を受け止めたいと思います。この地球で、この日本という国で、少しでも長く一緒に生きていきましょう。

なんだか中学生がペンフレンドに手紙を書いているようなリズムではないかと思って笑ってしまいました。「少年に戻る日を夢見ている」と『あきらめない』という本のあとがきに書きました。あなたのおかげで、ぼくの中の少年が戻ってきているのかもしれません。あなたに「ありがとう」と言いたい気持ちです。

次号で安保徹さんから、役立つ免疫の話を聞き出したいと思っています。

初夏です。夏は副交換神経が刺激され、リンパ球が増える季節です。ちょっとすごい病気があっても気にしない、気にしない。「がんばらない」ことが副交換神経を刺激してリンパ球を増やします。希望を持って生き、「あきらめない」生き方がほどほどに交換神経を刺激して生きる力になると信じています。「がんばらない」でいいけれど「あきらめない」でいきましょう。

がんなんかに負けない、あなたの丸ごとの健康を祈っています。お元気で。

 2004年春

鎌田實

松村尚美さま

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