「がんばらない」の医師 鎌田實とがん患者のこころの往復書簡 金子淑江さん編 第1回
あなたの中にある力を僕は信じたい。その力を引っ張り出す作戦を考えていきたい。

かまた みのる
東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、管理者に。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(ともに集英社刊)がベストセラー。最近発売された『病院なんか嫌いだー良医にめぐりあうための10箇条』(集英社新書)『生き方のコツ 死に方の選択』(集英社文庫)『雪とパイナップル』(集英社)も話題に
医療者・鎌田實さんから がん患者・金子淑江さんへの書簡
お手紙、ありがとうございます。お役に立ちたいと思い、何度も何度も、手紙を読み返しました。役に立つ糸口を探しました。なかなか糸口が見つかりません。がんサポートキャンペーンのホームページや、金子さんご自身のホームページにもアクセスをし、全体の経過を頭の中で必死に整理してみました。
卵巣がんは、病理的診断が多種でWHOの分類でも27種類の分類があると言われています。大きく分けると3種類で上皮性卵巣がんが90パーセントをしめると言われています。金子さんの卵巣がんの病理診断が何だったかによって、当然今後の予後や、攻撃の仕方も変わってくるはずです。でも、主治医から特別なことを言われなかった限り、90パーセントを占める上皮性卵巣がんだったろうと思います。
2001年に、卵巣がんの手術をし、1年後に再発を告知されていますね。初期治療から次の再発までの期間が今後の予後を左右すると言われています。再発までの時間が割合短いのが気になります。
すいません、正直に言って。でも、これからもできるだけ、オブラートに包まず、正直に考えられることをお話ししていきたいと思っています。そして昨年秋、再々発をし、CA125がピーク時で1300までいったようです。
腫瘍マーカーの動きは大変気になるところです。1300から3桁に落ちたというところをどう評価するかというところですが、やはり下がっている、少なくても上がっていないと判断でき、大変良い情報だと思います。そして、この腫瘍マーカーが、5月か6月の時点でどういう数字になっているかが、今の抗がん剤の選択でいいかどうかの大きな分かれ目になるのではないかと思っています。体力的にも厳しい状況ですと、金子さんは書かれています。
そういうなかで、海を渡って遠くまで化学療法を受けに行く意味があるかどうか、不安に思われているようです。 一度、2001年に手術をしてその後再発した卵巣がんですので、もう1回手術し直しは考えにくいです。そして卵巣がんに対して放射線治療は今まで高い評価は得ていません。卵巣がんは化学療法がよく効きますので、化学療法の作戦をどう立てるかが一番大切になるかと思います。
お子さんといる時間を長く取るべきではないかと思��ます
いま、直接の治療を受けているレジデントとは大変気があっていて、良いパートナーシップができているように思われ、良いことだなあと思っています。そのレジデントの指導医、金子さんの主治医である医長の先生は、婦人科の先生なのでしょうか? それとも化学療法の専門医と考えてもよろしいのでしょうか? ここが1つ聞きたいところです。
化学療法の専門家、あるいは腫瘍内科の先生に、できれば全体の治療の作戦計画を立てて貰い、その計画に沿って今の家の近所の総合病院の先生のところでクロノテラピーに準じた治療をして貰うのが良い方法ではないかと考えます。そして、金子さんが一番大切に思っている、お子さんのことを考えると、お子さんといる時間を少しでも長く取るべきではないかと思います。
金子さんは、よく勉強なさっているようですが、この往復書簡を読んでいる一般の読者には初めての方もおられるかと思いますので、クロノテラピーの説明を少ししたいと思います。

夕陽を見て美しいなあと思うだけで
免疫機能がちょっと元気になる
日本語にすると時間治療と訳すのがよいでしょうか。人間の1日の体内リズムを利用して、最大の効果を上げようとする治療法です。正常細胞は、朝から昼にかけて細胞分裂をし、増殖が行われます。がん細胞は、逆に、夜増殖すると言われています。日本では、昼に抗がん剤を投与することが多いです。それは、病院の手が足りなく、スタッフが十分にいる昼間に抗がん剤の投与を行う、今までそうやってきました。フランスで大腸がんや卵巣がんの、化学療法の投与方法を研究しているうちに、このクロノテラピーという新しい治療法が高い評価を得だしました。日本でも、横浜市立大学病院など、いくつかの病院で積極的にこのクロノテラピーを行い始めています。
アドリアシン(一般名ドキソルビシン)とブリプラチン(一般名シスプラチン)の2剤併用の化学療法の場合、午前6時にアドリアシンを投与し、午後6時にブリプラチンを投与すると、5年生存率が高いことがわかりました。通常のアドリアシンとブリプラチンを昼間投与する場合には、5年生存率が0パーセントだったのが、今のような治療法をすると、5年生存率は50パーセントと、飛躍的に治療成績を上げていることがわかったのです。
抗がん剤を今までのように昼間投与して、効かなかったから効かないと言えるかどうか、場合によってはこのクロノテラピーの理論で、投与してみる。大変チャレンジのしがいがあるのではないかと思います。

金子さんのお手紙の中で、レジデントは前向きな姿勢を見せてくれています。ありがたいことですね。レジデントが直接、日本でこのクロノテラピーを積極的に行っている平岩正樹先生の病院、あるいは横浜市立大学の嶋田紘先生などの医師に電話をしてお聞きすると、多くの場合、丁寧に大事なツボを教えてくれると思います。クロノテラピーに関しては前向きに検討してみると良いと思います。
ただ、日本の病院の医療スタッフが、夜間から深夜にかけて非常に少ないという現実を考えると、副作用が出たときの対応など、大変心配な点も多いと思います。夜12時からの投与ではなく、場合によっては夕方6時からの投与で10時頃までレジデントの先生について貰って投与するというスタイルでもそれなりの効果は期待できるのではないかと思います。
リスクを説明した上で薬を自由に使えるようになれば
次の金子さんの疑問点、なぜ世界の標準的な治療が日本でできないのか、本当にこの国の医療はおかしいと思います。小泉首相が規制緩和と言っている割には、なかなか規制緩和が行われません。難治性の卵巣がんや再発した卵巣がんに対して欧米で現在期待されているものが、がん細胞だけに効くDDS製剤です。正常細胞を侵さない、つまり副作用の少ない抗がん剤が開発されています。ドキシル(一般名リポソーマルドキソルビシン)という薬です。
アドリアシンをリポゾームという皮質で包み込み、5倍の血中濃度に高めることに成功しました。正常組織に対する副作用は小さく、腫瘍に対する効果は、大変大きくなりました。白血球が減るとか、心臓の筋肉に障害を起こすとか、髪の毛が抜けるという副作用が少なくなりました。この薬が当たり前のように日本で早く使えるようになると良いですね。
でも、ドキシル25ミリリットル、1アンプルの注射が大変高額なのを聞いてびっくりしています。普通の人はとても手が出せないですね。昨年のASCO(米国臨床腫瘍学会)ではドキシルとジェムザールの組み合わせで卵巣がん治療に大きな成果を発表していました。金子さんのお手紙の中でも、偶然だとは思いますが、ジェムザールはどうかと金子さん自身が考えておられます。金子さんの考えはあたっているのかもしれません。
外国で使っている薬が、なぜ日本ですぐに使えないか。日本人と欧米人とでは効き具合や副作用の出方が違うというのが今まで大きな理由でした。例えば、リウマチの特効薬と言われたアラバ(一般名レフルノミド)という薬の副作用の発現率は、海外の60倍と、日本リウマチ学会の調査でわかりました。間質性肺炎で16名が死亡していると言われています。海外で認められている薬を日本で改めて治験をせずに、使用許可をしても良いのではないかという声もあるわけですが、時々こういう薬が出るために、厚生労働省は消極的になります。
再発した肺がんの救世主となるかもしれないと言われたイレッサ(一般名ゲフィチニブ)も、副作用の間質性肺炎の発現率は、米国人に比べて20倍も高いと言われています。この国のマスコミにも問題があります。イレッサで、リスクを承知の上で使って間質性肺炎が起きたときに、薬の副作用だと言って大きく騒がれます。そのマスコミの攻撃が重なることで、イレッサの使用許可をもう一度検討し直すなどの声も出始めています。さらに問題を複雑にしていることがあります。イレッサを使用しても生存期間は変わらないという残念なデータが出始めています。
しかし、大切なことは、リスクがあると言うことを患者さんにきちんと説明した上で、たくさんの薬を自由に使えるという国になることが一番大事なことではないかと思います。きちんとインフォームド・コンセントして説明されたのち、使うか使わないかは本人が判断できる、そういう国に早くなりたいものですね。金子さんの置かれている病状を考えると、ドキシルとジェムザールの組み合わせによる治療はかなり試してみたい治療のように思われます。
まだいろいろな活路を見いだせるような気がする
もう1つ、お手紙の中で気になる所見があります。腫瘍マーカーは少し下がっているが、CT上で胸膜播種の疑いがあると言うことです。もし胸膜播種があるとすれば、やっかいな転移が始まっていると考えざるを得ません。ただ、腫瘍マーカーが少し改善をしているということを考えると、胸膜播種はちょっと考えづらいように思います。経過観察した後のCTで変化を見たいものですね。胸膜播種がないことを祈ります。胸膜播種がなければ、化学療法でまだ、なんとかいろいろな活路を見いだせるような気がするのです。
3時間かけて病院に治療に通っているとのこと、交通費もとてもかかるのではないかと心配しています。化学療法の治療費も大変高いでしょう。年間にかかった医療費の一部を税金で取り戻す、医療費控除の申請はしているでしょうか? 交通費も含まれます。交通費に関しては、領収書がなくても自分で日にちと克明な内訳が書かれていれば、医療費控除が認められます。ぜひ、その準備をしてはいかがでしょうか?
がんばりすぎないけどあきらめない
金子さんは映画が好きなようですね。僕も映画が大好きです。多分この医療費控除の分でお子さんと映画に何回か行って、美味しいものが食べられるのではないかと思います。
あなたが大のファンだというジョニー・デップの映画が夏に『チャーリーとチョコレート工場』という題名で公開されるそうですね。僕もなんとか都合を付けて、観に行こうと思います。僕は、ジョニー・デップの映画を1つも見ていません。金子さんが好きな俳優を僕も観てみたいと思います。また、感想をお手紙の中で書きたいと思っています。
『それでも やっぱり がんばらない』(集英社)という新刊を出しました。サインをして、プレゼントします。きっと、生きぬくヒントになると思います。
卵巣がん全体の5年生存率は50パーセントと、よく言われています。まだ捨てたものではありません。
「私は生きることに貪欲です。絞り出すように心の奥から生きたいと望んでいます」という、あなたの中にある強さを信じたいと思います。そして、子供のために生きたいという想いが、何かを起こすような気がするのです。

当然一般的に言えば、再々発をした卵巣がん、とても厳しいと思います。でも、あなたの中にある力を僕は信じたい。そしてこれから、その力を外へ引っ張り出す応援を、作戦を考えていきたいと思っています。
夏には映画を観なければいけないし、来年の春には子供たちの卒業式に出てあげる。そうやって1つひとつ目標を作りながら、元気に生きぬきましょう。そして、何か、その間に必ず奇蹟が起きると信じたい。
あなたらしく、明るく、希望を持ってがんばりすぎないけどあきらめない、なんて言いながら生きぬいていこうではありませんか。一生懸命お手伝いさせて頂きます。
2005年夏
鎌田實
金子淑江さま
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