「がんばらない」の医師 鎌田實とがん患者のこころの往復書簡 金子淑江さん編 第2回
がんばりすぎると腫瘍が戦闘的になります。
ホッとしたり、笑ったり、感動したりしていましょう。

かまた みのる
東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、管理者に。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(ともに集英社刊)がベストセラー。最近発売された『病院なんか嫌いだー良医にめぐりあうための10箇条』(集英社新書)『生き方のコツ 死に方の選択』(集英社文庫)『雪とパイナップル』(集英社)も話題に
医療者・鎌田實さんから がん患者・金子淑江さんへの書簡
お手紙、ありがとうございます。何度も何度も繰り返し読んでいます。往復書簡を引き受けた以上は、役に立ちたい。力になりたい、と心の底から思っております。繰り返しお手紙を読みながら、淑江さんが病気と闘うヒントを見つけようと必死にになっている自分がいます。

鎌田さんから金子さんへの手紙
何度も読んでいるうちに気がつきました。がんと闘う淑江さんの最大の武器は、あなたの性格の良さだと思いました。キャラクターが実に良いのです。お上品に、表面上良い格好をしない。あなたの、自分を丸出しにしてしまうような素直さが素晴らしいと思います。がんと闘おうとする魂を持っている気がします。ファイティング・スピリットに溢れていて、まぶしいほどです。2人の娘さんのために生きたいというあなたの想いがいい。自分のためにも生きたいのはもちろんだけれど、自分ではない他者のために生きたいと思っている心が、生きる力を何倍にもするような気がします。
あっけらかんとしていて、全ての底が抜けているような、ザルのような性格のように見えますが、実はかなりデリケートな人だと思います。図太くて繊細、これはなかなか、闘うときには魅力的な武器になるように思います。自分が土俵際に追い込まれているのを重々承知の上で、ジョニー・デップのことを嬉しそうに語る、かわいい女性です。生きる姿がチャーミングであることは大事なことだと思います。
がんという怪物に押しつぶされずに、がんから逃げずに、目を背けずに、真っ向から闘いながら嬉しそうにジョニー・デップの話をする。がんという怪物と闘う淑江さんの武器は、この軽さと明るさ、その向こうに隠れている強さ。そのもっと向こう側に、実はすごく緻密なクレバーさを持っている、この4層構造が大きな武器になるような気がしています。スイマセン、バカにしているのか、けなしているのか、ほめているのかわからない文を書いています。
がんと上手に闘っていける人の行動パターン
リディア・テモショックが書いた、『がん性格―タイプC症候群』という本があります。どういう人がが��になりやすいか、性格とがんとのつながりを解明しようとしながら、その中でがんの自然退縮を見せた人たちのいくつもの論文を分析している本です。
がんと上手に闘っていける人の性格を、こんなふうに表現しています。「ファイティング・スピリットに溢れた闘争的な人で、楽観的で、喜びに溢れ、しかも自分の要求を確信を持って主張できる人」。そして、「人に優しく従順で、ネガティブな感情を表に出せない性格の人は、普通の人よりがんにかかりやすく、予後も悪い」とも言っています。そういう行動パターンの人に対し、あきらめず、ファイティング・スピリットを養い、いのちの可能性を紡ぎ出そうとしている本です。
ここで、何より嬉しいことは、淑江さんは行動のパターンや性格を変えなくて良いのです。今のままの淑江さんの性格は、多分、がんと闘う大きな武器になると僕は信じています。あなたが前回の手紙に書いてくれた中に、レジデントに「私みたいな面倒な患者が、これから増えるよ」という、若い医師を教育しているあなたの言葉は、まさにこの自分の要求を、確信を持って主張する人に見えました。あなたのキャラクターが、がんと闘う武器だと思っています。
前回のお手紙で、僕がやんわりと書いた、海を越えていく病院の主治医は腫瘍内科医ですか? という質問をなぜしたのか。実は、もうあなたの状況は産婦人科医に化学療法をして貰うだけでは、問題の解決にならないだろうと思ったからなのです。腫瘍マーカーの推移は、決して良い状態ではない。そして肺へ転移しているかも知れないと、状況が悪化しているのにもかかわらず、相変わらずマイトマイシン(商品名マイトマイシン)とイリノテカン(商品名カンプト、トポテシン)の治療を継続していると聞いたので、これはまずいと思いました。当然、次の手を考えないといけない病態であると僕は思いました。ドキシルとジェムザールが、可能性としては考えられると思ったわけです。
そして、あなたの希望しているクロノテラピーを行うためにも、海を越えず、お子さんたちのそばの病院に移ったほうが良い。そしてできれば腫瘍内科医に化学療法のデザインを決めて貰う。そのデザイン通りに投与をすることは、近所の病院でも多くの場合にはできるわけです。それが一番良い再発がんと闘うスタイルだと僕は思ったのです。前回の手紙にもそのようなことを書きました。
腹水がたまって、病状はさらに悪化したと考えなければいけませんが、治療の方向性はこの3カ月の間に良い方向転換をしたと思います。あなた自身が、海の向こうの病院の2人の先生を大変評価している、まちがいなく、その通りだと思います。そして今回、前医を評価しながらも腫瘍内科医のI先生に薬のデザインを求め、そのI先生のデザインで、近くの病院で化学療法を受ける。とても良いパターンになりつつあるように思います。しかもぼくが考えた治療薬と同じ薬が選択されたわけです。良くなるといいですね……祈っていますよ。
奇蹟に近いようなことが起こるような気がしてなりません
がん患者さんたちの現状に対する不満の第1が治療薬の承認の遅れ、そして第2が治療だけでなく総合的に相談できる専門医がいない。言い換えると腫瘍内科医が少ない。そして、第3に病院や医師の質に対する情報の開示が足りない。がん患者さんにとっては、この国の医療は不満だらけだろうと思います。
でも、淑江さんはこの国の医療に対し愚痴を言うだけでなく、自分で見事な軌道修正をしました。こんなにうまく治療方針を変えたことはなかなかできることではない。病院を変えたり、主治医を変えたりすることは、日本ではとても難しいことです。しかも海の向こうの前医ともいい関係が続いているのは、憎めないあなたのキャラクターの良さなのです。この往復書簡を読んでいる読者にとって、とても参考になると思います。
この困難な情況のなかで、方向転換できたのは、1つは、あなたに運があること。もう1つは、あなたの前向きなラテンのノリのような明るさとその強い性格です。あなたのキャラクターで、考えられうる最高の舵をきることができた。

岩次郎小屋の庭
もう1つ大事なことがあります。あなたが、こうなりつつあることに感謝をしていることが大きいと思います。感謝する気持ちが、たくさんのあなたへの新たな応援を生み出す力になっているだろうと思います。いくつもの力が重なり合って、きっと、うねりのようなものが生じ、奇蹟に近いようなことが起こるような気がしてなりません。
そして、もう1つの闘う武器は笑うことです。差し上げた、僕の一番新しい本『それでも やっぱり がんばらない』の中に、笑いと奇蹟というエッセイを書きました。治らない病気といわれている膠原病が、ステロイドというお薬を使わずに治った例です。僕たちの予想した余命よりもはるかに長生きをしている。患者さんが、実に良い笑い、笑顔を持っていることをたびたび経験してきました。笑いによって奇跡が起きると、僕は信じています。
笑うことで、間違いなく免疫機能は上がります。淑江さんは映画が好きなようですから、ビデオで、できるだけ面白いものを選んで、娘さんと一緒に観て大笑いをしてください。
お説教する友人は遠ざけて、ダジャレでも良いからいつもおかしなことを言う、おもしろい友人とたくさん良いお喋りをしてください。初めは嘘笑いでもいいのです。とにかく笑って、腹筋を動かす、横隔膜を動かす。笑っていることで、体中の細胞が生き返ってきます。ダメだと思った瞬間、本当にダメになります。
今はダメでも、きっとうまくいくと、自分の心の中で何度も何度も言い聞かせてください。恐れず、ひるまず、あきらめずです。
心へ良い刺激を与えるのが僕の役割
あなたが選択した治療方針は間違っていないと思います。最善の方法を選んだと思います。ずいぶん、がんという怪物に追い込まれてはいますけれど、ここからが大事な勝負所です。がん治療の先端的ネットワークと、知的で、あたたかで、強力な淑江サポーターができつつあるように思います。淑江さんを囲んで、みんなが知的に力を出し合ってみようという、1つのチームが形成されつつあるように思うのです。これは、大きな力になると思います。まず、小さな成功を目指しましょう。腫瘍マーカーが下がること、そして腹水が消えること。とりあえず2つの良い知らせを待っています。
淑江さんのお薦めの、『チャーリーとチョコレート工場』は、公開されたら観に行きます。欲張りながん患者の命令だとおもって、素直に従います。
がんの自然退縮や、驚異的回復をした人には、告知から回復の間のどこかで、生き方の急激な変化が現れた人が多いと聞きました。心と体は、間違いなくつながっていると思います。体にがんという病気ができたとき、体に攻撃を加えるだけではなく、心になにか良い刺激を与えることによって病気を治すことは、可能性としては十分あり得ることだと信じています。
がんばらないでいると、免疫機能が強まります
がん細胞を攻撃する体制づくりは、見事に行われはじめました。体につながっている淑江さんの心へ良い刺激を与えるのが僕の役割かと思っています。微力ですが、これからも力になることを模索していきたいと思っています。
淑江さんのいのちはかけがえのないものです。淑江さん自身にとってかけがえがないだけではなく、2人の娘さんにとっては、どうしようもないほどかけがえのない命なのです。欲張りながん患者さんの、腫瘍マーカーが下がることと、腹水が消えることを願って筆をおきます。

隣のおじさんの土地を好きにして
よいといわれ、木を植えて林を
つくっている
これからいよいよ、厳しい夏が続きます。あまり無理をしてはいけません。それでもやっぱり、がんばらないです。こちらが、がんばりすぎると腫瘍が戦闘的になります。あまりがんばらず、腫瘍と仲よくしてしまうのも手かもしれません。がんばらないでいると、副交感神経が刺激されて、リンパ球が増加して免疫機能が強まります。
希望を持ちつづけながら、時々、ホッとしたり、笑ったり、感動したりしていましょう。夏の暑さなんかに負けず、がんに負けず、人間味溢れる明るい、笑顔の絶えない淑江さんに期待しています。
2005年夏
鎌田實
金子淑江さま
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