原発事故による放射線の内部被曝。がんになる可能性は?

監修●児玉龍彦 東京大学アイソトープ総合センターセンター長
●福島昭治 日本バイオアッセイ研究センター所長
取材・文●常蔭純一
発行:2012年12月
更新:2013年9月

問題になっている放射性物質

現在、具体的に原発事故で問題になっている放射性物質は、主に2つ。ヨウ素131とセシウム137だ。

「ヨウ素は甲状腺に蓄積しやすく、セシウムは、尿中に排泄されますが再吸収もあるため、尿道や膀胱に影響しやすい性質をもっています。蓄積した放射性物質が周囲の細胞のDNAを損傷して、発がんを促す危険性があるのです」(児玉さん)

もちろんこれら放射性物質は時間経過とともに減少する。たとえばヨウ素131は8日が半減期だ。これは8日間でこの物質の放射活性が半分に減少することを意味している。一方セシウム137の半減期は30年と長い。ただし、体内の他の放射性物質と同じように、セシウムも尿によって排出されるため、人体に取り込まれた場合、実際の半減期である生物学的半減期は2~3カ月程度と考えられている。

もっとも、その間に遺伝子に変異が起こる危険性はゼロではない。

内部被曝で甲状腺がんが発生

■図3 チェルノブイリのケースにおける甲状腺がんの推移
■図3 チェルノブイリのケースにおける甲状腺がんの推移

低線量の放射線は、大きな障害をもたらさないのではという予測はチェルノブイリの子どもの甲状腺がん発見と対応を遅らせた

一般に放射線の内部被曝による危険性が知られるようになったのは、1986年に起きたチェルノブイリの原発事故以降のことだ。事故後、汚染地域で多くの甲状腺がんが発生し、その原因として、事故によって放出された放射性物質の内部被曝の問題が浮上してきたのである。

「たとえばチェルノブイリ周辺では、4000人もの子どもたちに甲状腺がんが発生し、その中には肺に転移する珍しいタイプのものも少なくありませんでした。これは、ヨウ素131の内部被曝の影響だと考えられています。こうした子どもの甲状腺がんについてさらに調べていくと、細胞分裂の際につくられる染色体が、通常2コピーのはずが、一部で3コピーに増えている例があり、遺伝子に異常が起きていることが確認されたのです」(児玉さん)(図3、4)

もちろん、これはチェルノブイリのケースであって、福島の原発事故にそのまま当てはまるわけではない。しかし、程度の差はあれ、福島でも原発事故発生当初には似たような状況が起こっていた可能性は否定できない。

■図4 チェルノブイリ甲状腺がんにおけるゲノム異常
■図4 チェルノブイリ甲状腺がんにおけるゲノム異常

チェルノブイリの子どもの甲状腺がん細胞のゲノム異常(点線内)。通常細胞は遺伝子を父と母からもらい2コピーが普通だが(白く光る部分)、放射線で染色体7番のq11領域が3コピーに増え(グレーに光る部分)、異常をきたしていることがわかる
アメリカ学士院会報 2011年6月 Ungerほか

事故後、内部被曝の危険が最も大きい食品について、政府は放射性物質の基準値を上回る食品が市場に出回らないように、出荷制限などの措置をとってはいた。しかし内部被曝の危険性が顧みられず、検査されていない家庭菜園でとれた野菜など、放射性物質を含む食品を口にした人も少なからずいたのではないかと、考えられているのだ。

「自宅の周辺でとれる検査されていない農産物や自分で釣った川魚を食べた結果、内部被曝量が増している人がいることが、南相馬市立総合病院の坪倉正治先生から報告されています。人体内に入ると、甲状腺などさまざまな臓器での濃縮が起こりやすくなります。食べ物を通じて人体に入る放射性物質は線量が低いからといっても、人体内で濃縮される可能性があるので軽視してはいけないのです」 と児玉さんは指摘する。

内部被曝で膀胱がん発症か

■図5 チェルノブイリのケースにおける膀胱炎・膀胱がん
■図5 チェルノブイリのケースにおける膀胱炎・膀胱がん

(Pavlova L. et al. ,2004)

甲状腺がん以外にも、チェルノブイリの原発事故後、増加したがんがある。それが膀胱がんだ。この膀胱がんの発症と内部被曝の関係について、長年にわたって研究してきたのが、化学物質の有害性を動物を用いて調べている日本バイオアッセイ研究センター所長の福島昭治さんだ。福島さんは、化学発がんを研究しているとともに、膀胱がんを専門としている病理医。1996年にWHO(世界保健機関)が主催した膀胱がん国際会議に出席し、ウクライナの病理医と知り合いになったことから、チェルノブイリ事故後の膀胱がんについて、研究に取り組むことになったという(図5)。

「国際会議でウクライナの国立泌尿器疾患研究所のロマネンコさんという女性病理部長と知り合いになったんです。ロマネンコさんが被曝地域の前立腺肥大症患者さんの膀胱粘膜のサンプルを集めており、膀胱がんとの関係について研究をしていました。もっともウクライナでは経済面での制約もあり、なかなか研究が進まない。そこで当時、私が教授を務めていた大阪市立大学の研究室で共同研究することになったのです」

ロマネンコさんはそれから毎年、前立腺肥大症患者の膀胱粘膜のサンプルを持って来日した。以降約8年間にわたる研究での検体数は、百数十例に及んでいる。

「チェルノブイリの原発事故は、放射性物質による汚染範囲がウクライナ全土の5割近くにまで広がる大規模なものでした。私たちは、前立腺肥大症の治療で前立腺摘出を行った際に、同時に切除された膀胱の一部を用いて調査を行いました。その際に、地域の汚染度によって患者さんを3タイプに区分し、それぞれ免疫組織染色という手法を用いて膀胱のがん化の進行や、遺伝子の変異について研究したのです。その結果、非汚染地域と比べて汚染地域では、膀胱の粘膜上皮の異形成や上皮内がん、さらには膀胱がんが増加していることが明らかになったのです」

体内に入ったセシウムは、肝臓から腎臓、膀胱と運ばれた後に尿として排出される。膀胱では、腎臓でろ過された後のセシウムが通過する。チェルノブイリのケースでは、低濃度ではあるが長期にわたって膀胱粘膜がセシウムに曝露されたことで、膀胱の上皮細胞ががん化したのではと、福島さんは指摘する。では、実態はどうだったのだろうか。

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