放射線治療専門医が真摯に語る「福島と放射線とがん」

語り●西尾正道 国立病院機構北海道がんセンター院長
発行:2012年12月
更新:2013年5月

外部被曝だけ問題にし内部被曝を考えていない

■図4 放射線の線量限度と各種の線量比較
■図4 放射線の線量限度と各種の線量比較

職業被曝の測定では通常ガラスバッジ(個人線量計)をつけて仕事をしており、毎年健康診断も義務づけられています。この人たちの年間の平均線量は0.21mSv前後で、1mSvを超える人は5%前後。20mSvを超える人は数人です。しかし2011年7月から開始した福島の15歳以下の子供と妊婦の測定ではそれ以上の被曝です。低線量被曝でもリスクがあるという考え方からは問題です(図4)。

しかし、外部被曝の問題以上に問題なのは、ここまでの議論では、外部被曝しか考えていないことです。外部被曝線量だけで、安全かを考えること自体に問題があります。内部被曝についても、一緒に考える必要があります。

福島第1原発の事故では、放射性物質が飛散して被害を広げました。空気中に放射性物質が高濃度に漂っていれば、呼吸でそれを吸い込み、内部被曝が起こります。この内部被曝を考慮せずに、外部被曝だけで放射線の影響を考えるのは一面的です。

住民にとって内部被曝が問題だったのは、放射性物質が大量に空中に漂っていた事故発生直後の時期です。その時期に内部被曝の検査を行うべきでした。その後、空間線量率が低くなってからは、汚染された農産物や海産物などの食品の摂取による内部被曝が問題となります。

原発事故の収束に当たる作業員は高濃度の放射性物質が飛散している環境下で仕事をしています。そのため、内部被曝の影響がとくに大きいのです。ちなみに事故数日後に335mSv被曝した20代の東電作業員の場合、外部被曝が35mSv、内部被曝が300m Svです。他の作業員の線量を見ても、外部被曝の線量に対し、内部被曝は5~8倍にもなっています。また作業員はプルトニウムなども吸い込む可能性もあります。プルトニウムからはアルファ線が出ており、アルファ線はガンマ線やエックス線の20倍も毒性が強く、それを吸い込むと、すぐには排泄されず、体内に止まって放射線を出し続けることになります(図5)。

■図5 原発事故で生じる主な核種とその特性
  通常時の形状 元 素 半減期 主に放出する放射線
核燃料 固形金属 ウラン235 約7億年 中性子、核分裂生成物
ウラン238 約45億年 中性子、核分裂生成物
プルトニウム239 2万4千年 α線、核分裂生成物
核分裂
生成物
ガスになる ラドン222 3.8日 γ線
チリになる セシウム134 2年 β線、γ線
セシウム137 30年 β線、γ線
ヨウ素131 8日 β線、γ線
ストロンチウム90 28.7年 β線

福島の原発事故によりがん患者が42万人増

■図6 ICRP&IAEAとECRRとの違い
■図6 ICRP&IAEAとECRRとの違い

これまで内部被曝が話題にもならなかったのは、大きな問題です。

1952年にICRPの中に、外部被曝を扱う第1委員会と、内部被曝を扱う第2委員会ができたのですが、第2委員会はわずか1~2年でつぶされています。そこから報告を出されたら、原子力事業が進まなくなってしまうからでしょう。原子力産業を推進したい人たちによって、内部被曝の問題は、ずっと隠されてきたわけです。

こうした状況に対し、声をあげたのが、ECRR(欧州放射線リスク委員会)です。

ECRRはヨーロッパの学者たちのグループ。疫学データを基礎にすえて、内部被曝の被害も考慮し、独自の係数を導入して、実効線量を計算し直しています(図6)。

内部被曝を重視するかどうかにより、福島第1原発の事故についても、その影響の予測は大きく異なってきます。

原子力推進派といえるICR Pは、外部被曝だけを問題にし、50年間で6158人のがん患者が増えると予測しています。それに対し、ECRRはがん患者が42万人増えると予測しています。ECRRの計算もやや過剰に思えますが、これほど見解が異なっているのです。

内部被曝を考えるかどうかによる意見の食い違いは、チェルノブイリ事故の評価にも現れています。原子力推進派のIAEA(国際原子力機関)は約4000人死亡としていますが、2010年にニューヨーク科学アカデミーが出した「チェルノブイリ大惨事が人々と環境に及ぼした影響」という題の本によれば、医学的データも検証して、98万5 000人が死亡したと報告しています。また、がん以外にも先天障害や心血管系などの慢性疾患も増加したと報告しています。この本は1年で廃刊となりましたが、政治的な意図が窺えます。

ご都合主義で決められたセシウム暫定規制値

食事は内部被曝の重要な原因となります。事故直後から1年にわたって国は「放射性セシウムの暫定規制値」を作り、それに沿った規制を行いました。野菜、穀物、肉、魚などは、1㎏あたり500Bq(ベクレル)、牛乳、飲料水は200Bqというものです。

この規制値には根拠はまるでありません。従来の値ではオーバーしてしまうので、規制値を引き上げたというご都合主義です。WHO(世界保健機関)の基準値を大きく上回っていて、飲料水などは20倍です。国際法では原発施設から流失させている温排水の規制値は90 Bq/kgです。国はその倍以上の飲料水規制値を設定したのです。食品規制値はチェルノブイリ事故後、汚染された輸入品を規制するために作ったのが最初です。そのときでも、肉は370Bqでしたから、規制値の500Bqはかなり高いのです。

事故から1年以上がたち、現在の基準は、一般食品が100Bq、乳児用食品が50 Bq、牛乳が50 Bq、飲料水が10 Bqになっています。

今後、内部被曝を増やさないためには、国にこの基準をさらに下げてもらう必要があります。また暫定規制値を作成したときに作付土壌を50 00Bq/m2以下としましたが、規制値を下げるのであれば作付土壌の規制値も下げるべきです。そうしなければ汚染農産物を産地偽装して流通させることとなります。原子力ムラの人たちは経済優先の立場ではなく、国民の健康を守る立場で対応してほしいと思います。

1 2

同じカテゴリーの最新記事