低線量被爆問題 被曝から自分や大切な人を守るために知っておくべきこと 何に気をつけ、何をしてはいけないのか?

文:島村義樹
発行:2011年9月
更新:2013年4月

東海村とチェルノブイリの原発事故の例

[外部照射による甲状腺がんリスク]
外部照射による甲状腺がんリスク

出典:Radiation Research(March 1995, Vol.141, No.3, pp. 259-277)

「直ちに」(医学的には急性の)影響があった例として記憶に新しいのは、1999年9月30日に茨城県東海村の(株)ジェイシーオーで起こってしまった事故があります。3名の方が作業中に被曝し、およそ20シーベルト(2000万マイクロ)と8シーベルト(800万マイクロ)(数値がかなり大きい点に注意してください)の放射線を浴びた2名の方が、正常な細胞分裂ができないほどにDNAに障害を受けてしまった結果、皮膚の潰瘍やさまざまな臓器へのダメージを受けて亡くなられました。

一方、直ちにではなく、数年単位での影響を示す事故としては、1986年4月26日に起きてしまったチェルノブイリ原発の例があげられます。内部で作業をしているなか、東海村での事故のような高い量の放射線に被曝してしま った28名の方は、臓器のダメージなど、急性の症状によって事故後に亡くなってしまいました。一方、近隣のロシア、ウクライナ、ベラルーシでは、事故の4年後に、通常に比べておよそ6倍も多い、60名近い子供が、甲状腺のがんに罹っていることが明らかになりました。

牛乳に高濃度に含まれていたヨウ素131が体内に蓄積されたこと(これを内部被曝といいます)が、主な原因と考えられます。ヨウ素は甲状腺ホルモンの材料ですので、甲状腺に影響が出やすいのです。

埼玉大学名誉教授の市川定夫さんは、「宇宙ができて以来存在している天然の放射性物質に対して、生物は長年の進化の結果、体内への蓄積をできるだけ防ごうとするしくみを備えているのに対し、原発事故によってできた人工の放射性物質については、生物が慣れていないので、体内への蓄積を避けるしくみがない。古代からある天然の放射線を出す物質と、事故で人工的にできた放射線を出す物質とでは、身体のなかに取り込まれてからの吸収や蓄積の度合いが異なる」と指摘しています。

結果として、人工の放射性物質は、天然の放射性物質に比べ、容易に人体内に蓄積されたり、濃縮される傾向があり、強い内部被曝につながりやすく重大な害を及ぼす傾向があるという��とになります。

では、福島第1原発事故では、どのようなことがこれから起こるのでしょうか?

福島第1原発事故によって予想される健康被害

[放射線の届く距離(空気中)]

放射線の種類 届く距離
アルファ線 数センチ
ベータ線 数メートル
ガンマ線 ベータ線より長い

[体内に取り込まれた場合の届く距離]

放射線の種類 体内で届く距離
アルファ線 数マイクロメートル
ベータ線 数ミリメートル

もし、チェルノブイリの事故後のように、ヨウ素131を多く含む牛乳を飲み続けた場合、同じように甲状腺がんを患う子供が増えるでしょう。また、セシウム137が比較的高濃度にある場合、DNAに傷がつき、通常よりもがんになる危険性が増す可能性があります。

しかし、正直に言ってしまうと「どうなるか誰も予想できない」というのが、事実です。というのも、マイクロベクレルというような低い放射線を放出する物質に長期間さらされ続けた場合の人体への影響については、客観的な立場で分析された、明確な研究結果が発表されていないからです。

とはいえ、「どうなるかわからない」では、この記事を書かせていただいている意味がありませんので、「わからない」なりに気をつけたほうがいいことを説明したいと思います。まずその前に「これだけはやってはいけないこと」について、あげておきます。

これだけはやってはいけないこと

放射能がうつるという差別をしない

[くしゃみ等で放射線はうつらない]
くしゃみ等で放射線はうつらない

福島から関東の学校に転校した生徒が「放射能がうつる」といったいじめを受けたという報道を耳にしました。伝染力の強い菌やウイルスであれば、うつるということはあります(インフルエンザによる学級閉鎖など)が、放射能がうつるということは絶対にありません。

もしも服に放射能のあるちりやほこりがついても、払い落とせば無くなりますし、仮にヨウ素131が甲状腺に蓄積していたとしても、放射線が体内から身体の外まで出てくることはありません。このような差別は、とても悲しいことですし、逆に自分の無知をさらけ出すことにもなるので絶対にやめましょう。

高額な線量計を購入しない

数10万円もする高額な放射線量を測定する機器を購入する方が多いと聞きます。しかし、これらの線量計が本当に正しい放射線量を示しているとは限りません。通常、研究などで線量計を用いる場合には、その機械が正確な値を示すように調整するのですが、一般の家庭ではそれができないからです。またメーカーによって示す値もまちまちである可能性も大きいので、高額な線量計を購入するのは、お金の無駄遣いです。

ちなみに、東京電力に、高校生以下の子供がいる家庭に線量計を無償で配布する意向があるか確認したところ、残念ながら、その意向はないとの回答でした。

無意味な健康食品を買わない

すでに健康食品を売りつけるような悪徳商法が始まっているようですが、前にも書きました通り、低線量被曝に関する客観的で明確な研究結果や、健康食品の効果は発表されていません。

海外では、急性の大量被曝に備え、安定ヨウ素剤やプルシアンブルー製剤といったものが薬として承認されていますが、どちらも医師の処方箋が必要なもので、インターネットや輸入代行等で個人輸入して勝手に服用するのは危険です。また、ヨウ素を含むという理由で、ヨードのうがい薬を飲んだりするのも危険ですので、絶対にやめましょう。

家から全く外に出ないようにしない

とくに成長期には、骨の成長のためにビタミンDが重要ですが、ビタミンDが体内で効果を発揮するためには、日光によって活性化される必要があります。したがって、被曝を恐れすぎて屋外に出るのを完全に避けてしまうと、十分な日光を浴びることができません。

とくに成長期のお子さんがいらっしゃる親御さんは、お子さんがずっと家の中にこもることのないように気を付けましょう。

被曝から自分や大切な人を守るために

では最後に、被曝からご自分や大切な人を守るために気をつけなくてはならないことについてまとめてみましょう。

内部被曝に気をつける

[放射線をさえぎるもの]
放射線をさえぎるもの

内部被曝については前にも述べましたが、身体の外に付着した放射性物質からの被曝に比べ、鼻や口から体内に入った放射性物質による内部被曝のほうが、身体により大きな影響を及ぼします。この内部被曝を防ぐためには、マスクをして口や鼻から放射性物質を吸い込まないようにすることが重要です。このときに使うマスクは、花粉症用のものでは目が粗く放射性物質を通してしまいますので、より目の細かい防塵用マスクが有効です。

外部被曝にも注意する

[被曝から守るための服装]
被曝から守るための服装

内部被曝に比べ、身体に及ぼす影響は小さいのですが、衣服や頭髪に放射性物質が付着する機会を減らしたり、たとえ付着しても長時間そのままにしないことが重要です。そのためには、放射線量の高い場所から遠ざかるのが1番有効なのですが、近づく必要がある場合には、帽子をかぶる、ポリ手袋をする(指に傷がある場合には、内部被曝を防ぐため絆創膏を巻いておく)、ちりやほこりのつきにくい素材の服を着て、できる限り露出している部分を少なくすることが大切です。

さらに、雨が降ると放射能を含む物質が雨水とともに落ちてくる可能性が高くなりますので、なるべく雨水がかからないようにし、そのとき使った傘は家のなかに入れず、外に置くようにしましょう。日光のビタミンD活性化の効果も低いので、雨の日は外出しないことも重要です。

被曝したら病院を受診

どれだけ気をつけていても、放射性の物質を吸い込んでしまう危険性は全く無いとはいえません。もし、被曝してしまったかもしれないと思ったときには、病院を受診し、詳しい状況を説明し、適切に治療してもらいましょう。

今回の福島第1原発の事故は、薬でがんの治療に貢献するために仕事をしている私にとって、がんの危険性を増加させるかもしれない「敵」のようなもので、冒頭にも書かせていただいた通り、対岸の火事ではありませんでした。

今回の執筆にあたって、実家の書棚から30年も前の核物理学等に関する教科書を探し出し郵送してくれた両親に心から感謝いたします。両親の気持ちも含め、この記事によって皆さんの不安が少しでも軽くなることを心から願っています。


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