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第2回 手のぬくもりで、痛みや不安を和らげる ご家族でもできるタクティールケア
忘れられないギター演奏会
この患者さんは、当院の中庭で定期的に行われるギター演奏会を楽しみにされていました。そこで、私は担当看護師と師長とともに、演奏会に参加できるよう、当日の行動計画を立てました。麻薬による痛み止めのあと、奥様と師長と私の3人でマッサージをして、そのあと酸素ボンベを押しながら中庭へ。マッサージをする前は、「しんどいなぁ」と言われていたので無理かと思いましたが、痛みが緩和されたようで「演奏会に行きたい」と言われました。
中庭の演奏会場で、私と師長は患者さんと奥様の写真を何枚も撮りました。奥様から「私たちふたりの写真を撮って欲しい」と頼まれたからです。少しの間だけ酸素マスクをはずしてもらいました。
演奏を聞いている間、奥さんが患者さんの手をやさしく包んでマッサージしていました。恐らくこれがご夫婦の最後の時間になると思い、私はふたりの後ろから見守りました。30分ほど演奏を聴いたところで帰室を促しましたが、ご主人が小さな声で「もう少し聞きます」と微笑まれました。たぶんご主人は命を削ってでも、奥さんとのこの時間を1秒でも長く持ちたかったのでしょう。最後まで演奏を聞いて病棟に帰られ「のどが渇いた」と言ってかき氷を少し食べて、奥さんに看取られながら静かに息を引き取りました。
その後、奥さんからお手紙が届きました。抜粋して紹介させていただきます。
「大学病院からこの病院へ転院し、苦しむ主人にタクティールケアを施していただくのをはじめて目の当たりにしたとき、本当に驚きました。以前より本人から聞いておりましたが、身のおきどころにない苦しみに悶えていた主人が、穏やかな表情に変わるのです。がんの末期が近い心身の苦しみ、そして不安や怒りにさいなまれる中、タクティールケアの必要性と重要な役割を実感しました。ギター演奏会のときに写していただいた姿を遺影としました。私はあの亡くなる数時間前の穏やかな姿を写真に残せたことをうれしく思っています」
人の手のぬくもりは身体と心を癒す
後日、奥さんが病院へ来られて、思い出の中庭でお話をしていたとき、ふと奥さん自身はタクティールケアをご存じなかったことに気づき、別室に案内してご主人と同じように手と背中に行いました。
奥さんは「主人から、本当に暖かくて気持ちがいいよと聞いていましたが、このぬくもりだったのですね」と言われ、涙をにじませていました。このとき私は、ご家族の方と一緒に患者さんに触れるタクティールケアは、残された家族のグリーフケア(遺族の心の状態を理解して寄り添うことで回復をサポートする取り組み)になるのではないかと思いました。
アロママッサージやタクティールケアに共通しているのは、手のぬくもりではないかと思います。施術をしている間は1対1ですから、しっか���とコミュニケーションがとれる。だれにも邪魔されず、家族にも言えないことをふともらしてくださる。それで気持ちが楽になるのだと思います。
また、がん患者さんのご家族の中には、「ただ看ていることしかできなかった」という方がいますが、一緒にマッサージをしてあげた経験があれば、亡くなられたあとの気持ちの整理のつけ方が変わるように思います。
最近は、AIが人間の代わりをするようになってきましたが、どんな時代になっても人を癒すのは、人の手のぬくもりや寄り添う気持ちではないでしょうか。「手」と「目」でみるのが看護の「看」ですから、これからも手と目で患者さんやそのご家族を支えて、包みこんでいければいいと思います。