腫瘍内科医のひとりごと 169 正月の茶の間を飾る色紙によせて

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
発行:2025年1月
更新:2025年1月

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

90歳を過ぎた義兄は、雪の多い田舎の自宅で、妻と2人で暮らしていました。15年ほど前、進行した膵がんになり、本人も親戚中も、もう長くは生きられないだろうと思っていました。それでも化学放射線療法後に手術を行い、完治したのでした。

義兄が転倒して大腿頸部骨折

義兄は、現役時代は教師をしており、近所には教え子たちがいて、今では将棋や麻雀の仲間になっていて、楽しんでいました。最近は、運転免許証を返納し、奥さんと2人だけの生活となっていますが、85歳になる妹が日常の買い物などを手伝っています。

最近のある日、自宅で転倒し、動けなくなりました。ケアマネージャーさんが救急車を呼んで、病院に運ばれました。X線検査で、大腿頸部骨折を起こしていたのがわかりました。

遠方に住む60代の息子が病院に呼ばれて、担当医から「ボルトを入れる手術が必要です。手術後は、連携している施設に転院していただきます」と言われました。息子から、さっそく私に相談の電話がきました。

手術をするようにアドバイスする

担当医から、「歩けるようになるには、ボルトを入れる手術をすることが必要です。手術しますか、それとも手術しないで、施設に移りますか?」と聞かれたそうです。

「おじさん、どうしたらいい? 先生は息子の私が決めるように言うのです」
私は、「そりゃ、手術をしてもらって、ボルトを入れて、近くの施設でリハビリするのが良いと思う」と答えました。

「CT検査してみたら、胸部には、古い影があるみたいなんですが」
「それでも、手術が出来ないほどの陰でなければ、手術をしていただいたほうが良いと思う。折れたままでは、トイレに行くにも大変で、寝たきりになってしまうと思うよ。手術は全身麻酔だから、いろいろリスクはあると思うけど、これからの生活を考えると、出来るなら手術を勧めるよ」

「昨日、また先生から、手術をしますか? このまま手術しないで施設に移りますか? と聞かれました。僕が決めなきゃならないみたいです。迷ってしまいます。周りの親戚には、手術は可哀そうだという考えもあるんです」

「可哀そうだといっても、手術中は全身麻酔だから、そのときの痛みもわかりません。麻酔が醒めてからは、一時的に痛いかも知れませんが、出来るだけ以前の生活に戻るために、手術を勧めたいです」

何となく今年はよい事あるごとし……

「本人は、意識ははっきりしているのでしょう? 認知症はないんでしょう? だったら本人の意志も��切と思うけど……」
「でも、先生は息子の私が決めるように言うのです」
「本来は、患者本人意思が一番大切なのにね」

結局、数日後に、手術が予定され、その後、リハビリの施設に移る予定となりました。私は、これでリハビリ施設に移ったとしても、正月は、一時的にも自宅で迎えられると思いました。

「何となく 今年はよい事 あるごとし元日 の朝晴れて風なし」

毎年、正月には、茶の間に飾る色紙があります。3人が乾杯をしている絵に、石川啄木のこの詩が書かれています。書家の明石春浦さんが描いたこの色紙は、我が家の正月の茶の間を飾ってもう30年ほどになります。

義兄の足が、もと通りにはなれなくとも……皆さん、良い年であって欲しい。

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