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- 赤星たみこの「がんの授業」
【第十一時限目】放射線治療Ⅰ 大きな誤解や偏見を取り、放射線治療の正しい知識を身につけよう
臓器の形態や機能を温存できる放射線治療
では、放射線治療には、他の治療法と比べてどんなメリットがあるのでしょうか。
放射線治療は、「局所治療」のための治療法です。その意味では手術と同じなのですが、私たち患者にとっては、見逃すことのできない大きなちがいがあります。それは、手術とちがって、見た目や体の器官の機能がかなりの程度、そのままの状態で残せるということです。
手術の場合、病巣の周りの正常な組織まで取り去ってしまうため、麻痺が残ったり、外見が大きく変わったりしてしまいます。たとえば上顎がんの手術をすると、眼球まで摘出しなければならず、顔が大きく変形してしまう。同じように、喉頭がんの手術では声帯をとるので声が出なくなり、舌がんの手術では舌の一部をとるので味覚に障害が出ます。このような場合も、放射線治療であれば顔の組織や声帯、舌などをそのまま温存できるので、治療によって美観や五感を犠牲にしなくてもすむのです。
「手術で少々、外見や機能が損なわれても、命には代えられませんよ」
そう言うのは簡単です。でも、手術後の変わり果てた体や顔を抱えて、私たちは生きていかなければならない。その意味で、見た目はほとんど変わらないまま、体の奥深くのがん細胞をやっつけることができる放射線治療は、私たち患者にとって”福音”といってもいいかもしれません。
一方で、放射線治療にはデメリットもあります。
それは、手術が肉眼で病巣を確認しながら治療を行えるのに対して、放射線治療ではCTやMRIなどの診断結果から、間接的にしか病巣の様子を確認できない、という点です。
また、放射線照射の技術や安全対策が進歩したとはいえ、被曝の問題も無視できません。放射線治療を受けると必ず発がんする、というわけではけっしてないのですが、放射線を当てたことが発がんにつながる可能性もやはりなくはありません。放射線をかけて再発のリスクを抑えるほうがいいか、二次的な発がんを恐れて放射線治療を受けないのか……その辺は、主治医の先生とよく話し合い、納得した上で治療を受けることをお薦めします。
放射線が効きやすいがん、効きにくいがん
では、放射線治療は、どんながんに効くのでしょうか。
先ほど挙げた乳がんや上顎がん、喉頭がん、舌がんの他にも、放射線治療はさまざまながんに効果を発揮します。
たとえば、脳腫瘍や肺がん、下咽頭がん、子宮頸がんなど。食道がんも、放射線治療に適したがんの一つです。食道がんの手術というのは、胸を切って食道を除去し、腹部を切って腸管などで代用の食道を作る、大変に大がかりなものです。このため、手術をすると体に大きな負担がかかるんですね。そこで、最近は手術よりも放射線治療を採用する病院や医師が増えています。
一般に放射線が効きやすいといわれるのは、皮膚に近いところにできる扁平上皮がん。逆に、効きにくいといわれるのは、骨肉腫やメラノーマ(黒いほくろ状のがん)などです。
放射線は、皮膚に近いところにできる扁平上皮がんにはよく効くのに、メラノーマのような皮膚の表面にできるがんには効きにくいというのが不思議なところです。
また、放射線治療は腺がんには効きにくいといわれますが、腺がんの一種である乳がんや前立腺がんにはよく効きます。
放射線がなにに効くか効かないのかは、がんの種類にもよりますし、病巣の周囲の状況にもより、本当にケースバイケースです。特に、がんの病巣の周囲に放射線に弱い臓器があるときは、放射線治療は不向きと言っていいでしょう。
その代表格が、胃がんや大腸がん。胃や大腸の粘膜は放射線に弱いので、放射線をかけると潰瘍ができてしまうんですね。これではがんを殺す前に臓器のほうが自滅してしまうので、日本では放射線治療は行わないのが普通です。

もっとも、可能性がまったくないわけではない。実際に欧米では、副作用をできるだけ避けながら胃がんや大腸がんに放射線治療を行って効果を上げている例もあります。
しかし、いずれにせよ、放射線治療は、技術の面でも安全性の面でも大きく進歩しています。
今では放射線治療は、がんの種類やステージによっては、手術以上に有効な選択肢。がんと闘う患者さんにとっては、実に頼もしい助っ人なのです。
原爆の惨禍は忘れてはならない。でも、放射線を毒にするか薬にするかは、人間次第。私たち患者もこの辺でそろそろ頭を切り替えて、放射線治療をがん治療の一つの選択肢として、積極的に考えてみようではありませんか。
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