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- 赤星たみこの「がんの授業」
【第十二時限目】放射線治療Ⅱ 進化を続ける放射線治療は有力な治療選択肢の一つ
注目の「ガンマナイフ」と「小線源療法」
そして今、放射線治療はどんどん進化を続けています。まず、頭頸部のがんや転移性脳腫瘍の治療に使われる「ガンマナイフ」を紹介しましょう。

これは、ヘルメット型の固定具の中にとりつけた多くのガンマ線発生源から、がん細胞に狙いを定めて集中的に照射するというものです。
たとえていうなら、数十人のチビウルトラマンが、がん細胞を取り囲んで細いスペシウム光線を放射するようなもの。がん細胞は小さいので、大きなウルトラマンが一人でドンと攻撃すると、広い範囲にダメージを与えてしまいます。しかし、大勢のチビウルトラマンが弱いスペシウム光線をがん細胞だけに一斉に照射してピンポイントで当てれば、周りの正常細胞は無事生き残るのです。
そして、ガンマナイフにはもう一つ、すぐれた点があります。普通は一定の耐用線量を超えると、同じ場所に二度と放射線をかけることはできません。ところが、ガンマナイフはがん細胞だけを狙い撃ちするので、何度でも繰り返してかけることができます。
その意味でもガンマナイフは、放射線治療の分野に新しい可能性をもたらした、画期的な治療法といえるでしょう。
最近の注目株としては、この他に「小線源療法」があります。
これはなんと、がんの内部に直接、放射性物質を入れた金属製のカプセルを埋め込んでしまおうという方法です。
たとえば舌がんでは、がんの部分に放射性物質を入れた針のようなものを刺します。すると、針の先端から放射線が放射され、がん細胞をジワジワと破壊していくのです。
子宮がんの場合は、子宮の内部に放射性物質入りのカプセルを入れます。腔内から直接、放射線を照射して、がん細胞をやっつけるという寸法です。この方法だと、周囲の臓器にあまり影響を与えることなく、がん細胞をやっつけることができます。
たとえば婦人科系がんの場合、ネックになるのは、「周りに放射線に弱い臓器が多い」ということです。子宮や卵巣を治療しようとして外から放射線をかけると、どうしても腸や膀胱にかかってしまう。すると後遺症を併発してしまうので、治療のために十分な放射線を当てるのがむずかしい。それなら小線源療法で、患部に直接、放射線を当てよう! というわけです。
なかでも前立腺がんの小線源療法は、いま最も脚光を浴びています。今年に入ってやっと厚生労働省の認可が下り、日本でも本格的な普及のきざしが見えてきています。
画期的な粒子線治療 放射線化学療法も普及


さらに高度先進医療の分野では、画期的な放射線治療が生まれようとしています。その一つが「粒子線治療」です。
一般に放射線治療で使われるX線には、体を通り抜ける性質があります。このため、患部の手前や背後の細胞にも放射線が吸収されてしまうのです。
ところが粒子線治療で使われるのは、X線ではなく、陽子や炭素の原子核などのもっと重い粒子です。この粒子は、体の途中で停止し、止まる直前に最大のエネルギーを放出します。
ということは、がん細胞の位置に正しく狙いを定めて、そこに粒子が止まるように設定すればいい。そうすれば、周囲の細胞に損傷を与えることなく、がん細胞を集中的に攻撃して治癒に導くことができるのです。
まさに放射線治療の理想を地でいく画期的な治療法ですが、今はまだ臨床試験の段階とか。しかし、粒子線治療が普及すれば、将来、放射線治療が飛躍的に前進する日も近いでしょう。
このように放射線治療はどんどん進化し、さらに他の治療法と組み合わせる集学的治療も広く行われるようになってきました。
その代表的なものが、抗がん剤と放射線治療を組み合わせた「放射線化学療法」です。
この療法は、欧米で治療成績の高さが報告されており、最近とても注目されています。
ただし、一つ気をつけなければならないのは、抗がん剤と放射線を併用すると、骨髄抑制作用などの重い副作用が生じる危険があるということです。
しかし、副作用対策の薬が出てきたこともあり、今では食道がんや肺がん、子宮がん、頭頸部のがんなど、いろいろな分野でこの治療が行われています。
放射線腫瘍医、医学物理士の不足が課題
このように、放射線治療の研究はめざましく進み、喜ばしいことなのですが、一つ大きな問題があります。
それは人材不足。がんの放射線治療に熟練した「放射線腫瘍医」が不足しているのです。
現在、日本放射線腫瘍学会の認定医は500人前後しかいないそうです。なかには耐用線量のこともよく知らずに、放射線をかけてしまう医師もいるとか。それだけに、よい専門医を選ぶことは大事なポイントです。
また、装置の精度管理などを担当する「医学物理士」も不足しています。最先端の放射線装置を使いこなすには、物理学の知識が必要ですから、医学物理士の不足は大きな問題です。お医者さんは物理学の専門家ではありませんから、下手をすると正しい放射線治療が行われない可能性すらあります。
現在日本では、医学物理士がいる医療機関は片手で数えるほどしかありません。人材の育成、物理士と医師との協力体制が早急に必要です。
しかし、このような問題は解決できないことではありません。諸外国では、すでに行われているのですから。
放射線治療は、大きく進歩してゆく治療法です。
恐怖感から治療をためらうのはもったいない! そろそろ私たちも、根治のための有力な選択肢として、放射線治療を考えてみてはどうでしょうか。知れば知るほど、私は未来に希望が持てるような気がしています。
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