【第十七時限目】小児がん がんの治癒ばかりではなく、子供の心のケアにも光を!

構成●吉田燿子
発行:2005年3月
更新:2019年7月

自分を責めない

先にお話ししたように、小児がんの場合、ネックとなるのが「早期発見のむずかしさ」です。特に乳幼児などは、症状をハッキリ訴えることができないため、対応が後手に回りがちです。早期発見を確実にするためには、大人が小児がんの初期症状について、あらかじめ知っておくことが大事だと思います。

たとえば、白血病の初期症状としては、鼻血や皮膚にできる紫のアザなど、骨肉腫では骨や関節の腫れなどがあります。こうした情報はインターネットでも公開されているので、お子さんをお持ちの方は1度調べてみることをお勧めします。

それにしても……がんというのは老化のメカニズムと切っても切れない関係があったはず。日常生活の中でストレスや発がん物質に長期間さらされるうちに、後天的に遺伝子が傷つくことによって発症するもの、それが「がん」だったはずです。それなのに、生まれてまもない乳幼児や子供ががんになるのは、なぜなのでしょうか。

そこにはやはり、生まれつき遺伝子に何らかの理由で異常があるか、子供たちが何らかの特殊な環境にさらされた可能性が考えられます。チェルノブイリで被曝した子供たちの間でがんが多発したことなどは、後者の典型的な事例ですよね。

しかし、放射能被曝のように原因が明らかな場合は別として、こと「遺伝」となると話は複雑です。小児がん患者の親御さんの中には、「もしかしたら自分の遺伝子のせいで子供が発病したのではないか」と、自分を責める人も少なくないといいます。

しかし! 遺伝の問題は、現代の医学ではまだまだ解明されていない部分も多いのです。必要以上に自分を責めるよりも、前向きな気持ちで子供たちと一緒に病気と闘っていく。それが私たち大人の責務ではないでしょうか。

子供を信じて伴走する

さて、次に考えねばならないのは、「告知」と「心のケア」という問題です。

小児がんの治療方法は近年、長足の進歩を遂げました。その結果、がんを克服して立派に成人する元患者さんが増えています。しかし、あまりにも幼い時期に治療を受けたため、自分が小児がんだと知らずに成人する人もいるそうです。

こんな話を聞いたことがあります。

子供の頃に小児がんにかかり、完治した娘さんがいました。ご両親が彼女に「がんだった」ことをどうしても告白できないまま、彼女は成長して結婚した。ところが、彼女がどんなに努力しても、子供ができない。つらい不妊治療を続けて2、3年がたった頃、娘さんの悩みを見かねたお母さんが、ついに告知をしました。「実はあなたは小児がんだったのよ」と。娘さんは大変なショックを受け、親子関係や夫婦関係にまでヒビが入ってしまったというのです。

実際、「子供にショックを与えたくない」と、告知に二の足を踏む親御さんは多いと聞きます。もう治っているのだからあえて言わなくてもいいじゃないか、と思う親御さんの気持ちもわからなくはありません。しかし、子供は小児がんが原因のほかの症状や後遺症がある場合、何もわからないままいろいろな治療を受けたりして、結果的には翻弄されて���まうのです。私自身が子宮がんを克服して、さまざまな後遺症も持ちながら生活していますが、自分の病名や後遺症などを全部知っているからこそ、対処法もわかってくるのです。小児がんが完治したとしても、元患者という事実を知った上でそれからの人生を生きていかなければいけないと、私は思います。

しかし、「小児がんであったことを、いつの段階で子供に告知するのか」――これは大きな問題です。

なにしろ、思春期の子供はただでさえデリケートです。「私は毛深いから、水着になるのはイヤ!」とささいなことで悩んだり、場合によっては不登校になったりすることも……。それだけに、中には小児がんだったという事実にショックを受けたり、闘病による学業の遅れに悩んだりする子もいるでしょう。

そういう子供たちに対して、精神医学や心理学の専門家と協力しながら、長期にわたって完治後の心のケアをどう行っていくか。それが、今後の小児がん治療における大きな課題となっています。

もちろん、ケアが必要なのは子供さんだけではありません。親御さんが子供をいたわるあまりに、過干渉かつ過保護に育てたりすれば、事態は深刻さを増すばかりです。子供の心の問題は親御さんと切っても切り離せないだけに、親子カウンセリングを積極的に採り入れていく必要もあるでしょう。

気がかりなのは、告知の問題だけではありません。元小児がん患者に対する結婚差別や就職差別の問題も表面化しています。

求人履歴書の病歴の欄に「がん」と書くと、「病弱で通院ばかりしているのではないか」と疑われて就職試験に落とされてしまう。また、がんの後遺症で「子供ができない体なのではないか」と疑われ、相手の親に反対されて破談になってしまう……そんなケースもあるといいます。最初に書いた、「イメージにまつわる問題」というのがこれです。

不妊の問題は大変デリケートな問題ですが、全員が不妊になるわけではありませんし、そもそも子供を産むためだけに結婚するというのも不思議な話です。子宮がん患者さんの会に招かれて講演をしたときも、子供を産む前に子宮摘出をしたご夫婦が、こうおっしゃっていました。「この人が好きだから結婚した。子供を作るために結婚したのではない」と。そういう結婚が当たり前になればいいなあ、と思います。

小児がんの治癒率が60パーセントに達した今、元患者さんの心のケアや社会復帰の問題は無視できないものとなっています。これからはがん患者自身、がん医療に関わるすべての人たちが、自ら世間の理解を求めて積極的にはたらきかけていくことが必要かもしれません。

今や抗がん剤治療の発達によって、小児がんの生存率は確実に向上しています。今度は、がんから生還した子供たちが充実して生きられるよう、社会全体が努力する番です。

子供の心は柔らかいだけに、弾力性があります。ものすごいショックを受けても、ポキンと折れたりせず、再び立ち上がるだけの強さがあります。

でも、まずは親がしっかりしないことには、子供もがんに対して向き合えない! 親が子供を信じて伴走し、「一緒にがんばろう」という姿勢を見せること。それが、何より大切だと思うのです。

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