【第十九時限目】予後因子 余命を左右する予後因子。予後って何?

監修●吉田和彦 東京慈恵会医科大学附属青戸病院副院長
構成●吉田燿子
発行:2005年5月
更新:2019年7月

DNAチップが今後のカギ

しかし、明るい見通しがないわけではありません。

今後、予後因子の研究を大きく飛躍させるかもしれないと期待されているのが、「DNAチップ」です。

このDNAチップとは、最大1万個ものDNA(遺伝子)の断片を、小さなガラス板の表面に固定したものです。これなら、一度に大量の遺伝子を調べられるので、患者さんごとに腫瘍の性質を明らかにすることができるというわけです。

皆さんもご存じのように、がんとは複数の細胞の遺伝子が変化し、悪性化してできるもの。それなら、「どの遺伝子とどの遺伝子が変化して発がんしたのか」「遺伝子の変化がどの組み合わせで起こったときに、予後が悪くなるか」がわかれば、それだけ有効な治療法も開発しやすくなります。

乳がんの場合、たとえ1期でリンパ節転移がなくても、10パーセントの患者さんは再発するといわれています。では、リンパ節転移がないのに再発するケースというのは、どのような場合か。こうしたことも、今後は遺伝子レベルで解明することができるかもしれません。

こうなると、がん治療はどのように変わるのでしょうか。

現在のがん医療では、がん細胞が遠隔臓器へ転移をしている可能性も考えて、手術後に抗がん剤治療などの補助療法を受けるのが一般的です。いわば転移による再発を防ぐために、予防的な意味もこめて、抗がん剤治療が行われているわけです。

ところがこの方法だと、実際には転移していない患者さんにも、毒性の強い抗がん剤を投与することになってしまいます。結果として、患者さんによっては不必要に厳しい治療を行うことになりかねません。

しかし、DNAチップによるがんの解析が実用化すれば、こうした問題はかなり改善されると考えられます。予後のよい患者さんには無治療、あるいは副作用の少ない“優しい治療”を、予後の悪い患者さんには効き目の強い“厳しい治療”を、必要に応じて選択することが可能になるでしょう。

つまり、従来のTNM分類にDNAチップで解析した予後因子を加えることで、患者さん1人ひとりの体質や病態に合った「テーラーメイド医療」を行うことが可能になるのです。がん医療の未来はDNAチップにかかっている! と言っても過言ではない。医学や遺伝子工学の最前線で日夜奮闘している先生方に、陰ながらエールを送りたい気持ちでいっぱいです。

自分の予後因子を知るには

ここまでで、予後因子についてひと通り見てきました。では、「自分のがんの予後因子を知りたい」と思ったら、患者さんはどうすればいいのでしょうか。

オススメは、主治医の先生に頼んで、予後因子の情報が記載された病理のレポートのコピーをもらうこと。ただし気をつけてほしいのは、「予後因子がわかったからといって、患者さん1人ひとりの正確な余命がわかるわけではない」ということです。

予後因子からわかるのは、あくまでも「生存率」という確率的な数値でしかありません。それを知ることがプラスになるかどうかは、患者さん本人が決めることです。しかし、自分のがんの予後因子を知ることが、より適切な治療を受けるためのきっかけにはなるかもしれない。その意味でも、勇気を持って、予後因子について学ぶ意義は大きいのではないでしょうか。

そして、1人ひとりの予後因子は年齢や体質によって少しずつ違ってくるからこそ、がんという病気は千差万別。ほかの人には効かない薬が自分には効く、ということも起こり得ます。予後因子を知ることは、自分にあった正しい治療法を選べることですから、希望と展望が持てる大きな要素だと思います。

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