【第二十六時限目】痛みケア(1) 痛みは我慢しない。きちんと痛みを取り除いてもらおう

監修●高宮有介 昭和大学病院横浜市北部病院呼吸器センター講師
構成●吉田燿子
発行:2006年1月
更新:2019年7月

「モルヒネはコワイ」という誤解

では、なぜモルヒネの副作用のことばかりがクローズアップされてしまったのでしょうか。その理由としては次のようなことが考えられます。以前は、モルヒネ投与はワンショットの静脈注射や筋肉注射によって行われるのが普通でした。ところがこの方法で薬剤を注入すると、適度な投与量を突き抜けて、一気に中毒を引き起こす量にまで達してしまうことがあるのです。

しかし今ではモルヒネは飲み薬として使われることが多く、正しく投与されるかぎり安全で効果的な薬であることがわかっています。もちろん、モルヒネを使ったからといって予後が悪くなることもありません。むしろ、モルヒネを適切に使えば、体の状態が改善されて延命効果をもたらすことも多いのです。

現在、身体的な痛みのケア方法としては、「WHO方式がん疼痛療法」が国際的な標準となっています。WHOが定めた除痛の方法は、痛みの強さによって次の3段階に分かれています。

〈第1段階〉
アスピリンなどの非オピオイド系の消炎鎮痛薬を使って痛み止めを行います。

〈第2段階〉
第1段階の薬を使っても効かない場合は、第2段階として、コデインなどの弱オピオイド系鎮痛薬を使います。

〈第3段階〉
第2段階の薬でも痛みが治まらないときは、モルヒネなどの強オピオイド系鎮痛薬を使います。ちなみにオピオイドとは、オピオイド受容体に結合して痛みを鎮める薬剤のこと。現在日本で認可されている強オピオイド系の薬としては、モルヒネの他にオキシコドンとフェンタニル貼付剤があります。フェンタニル貼付剤は貼るだけで効く鎮痛薬。オキシコドンはモルヒネに比べると眠気や吐き気などの副作用が少ないので、モルヒネの代わりにオキシコドンを使うケースもあるようです。

欧米では「オピオイド・ローテーション」といって、患者さんの痛みや副作用の程度を見ながら複数のオピオイドを使い分けるのが一般的。最近は日本でも、緩和ケア病棟を中心にローテーションを導入するところが増えているとか。1日も早く、先進国の名に恥じないレベルの高度な痛みケアが、全国津々浦々で受けられるようになって欲しいものです。

この辺で、話をモルヒネに戻しましょう。

モルヒネを使うと約8割の患者さんが痛みから解放されます。ただし神経因性疼痛や骨転移の場合は、モルヒネなどのオピオイド系鎮痛薬だけでは痛みをとりきれない場合があるんですね。そういうときは「鎮痛補助薬」を併用することになっています。

この鎮痛補助薬には、「抗うつ薬」「抗けいれん薬」「ステロイド」「抗不整脈薬」「NMDA受容体拮抗薬」などがあります。

「え、抗うつ薬がなんで鎮痛補助薬なの?」

その質問、ごもっとも。私も最初に聞いたときはビックリしました。実は抗うつ薬には気分を改善するだけでなく、鎮痛効果もあるんです。だから、神経因性疼痛に対する鎮痛補助薬としては、割と伝統的に使われているのだそうです。

オピオイド=麻薬系鎮痛薬のこと。強い鎮痛効果をもつ薬で、医療目的では合法

「痛い」と訴えることは恥ではない

ここまでWHOが定めたがん疼痛療法についてお話ししてきました。身体的な痛みの治療法としては、この他に放射線治療や神経ブロックなどの方法があります。

放射線治療は骨転移などの痛みに対して改善効果を発揮します。では、なぜ放射線治療を受けると痛みが改善するのでしょうか。そのメカニズムについては不明な点も多いのですが、おそらく神経を圧迫している腫瘍が小さくなることが、痛みの除去につながっているのではないかと考えられます。

これに対して神経ブロックとは、知覚神経や交感神経の周囲に局所麻酔薬などを注入し、神経の興奮を抑えて痛みをとる方法です。

神経ブロックとしては、すい臓がんや胃がんの痛み止めに使われる腹腔神経叢ブロックや、直腸がんや子宮がんなどで使われるクモ膜下フェノールブロックなどがあります。よく知られているものとしては、術後の痛みをとるのに使われる硬膜外ブロックがあります。これは脊髄の外側にある硬膜外腔に局所麻酔薬やモルヒネを注入する方法ですが、最近は鎮痛補助薬の進歩などもあってあまり使われなくなってきました。

ひと口に痛みのケアと言ってもフクザツなんですね! そして、痛みのケアを難しくしている最大の原因は、「痛みの感じ方が患者さんによってさまざま」だということです。同じ程度の痛みでも、割に平気な患者さんもいれば、耐えがたいと感じる患者さんもいる。というのも、痛みの感じ方は、患者さんの主観や精神状態によっても大きく左右されるからなんです。

たとえば、モルヒネ投与などで実際には痛みが改善しているはずなのに、患者さんの苦痛が一向に軽くならないことがあります。しかし、よくよく話を聞いてみると、家に残してきた小さなお子さんのことが気がかりだとか、医師や家族が病状を隠しているのではないかと心配するあまりに、痛みから解放されない……ということもあるそうです。しかし、痛みの治療を適切に行うためには、痛みの程度を正確に判定しなくてはなりません。モルヒネの投与量が必要以上に多すぎると副作用がひどくなってしまうし、逆に投与量が少なすぎると今度は痛みがとれない。そこで医療者側は、5段階の表情の変化で苦痛の程度を測る「フェイススケール」などを用い、患者さんの訴えを聞きながら、慎重に痛みの程度を探っていくことになります。

うーん。そう考えると、痛みのケアって本当に難しい。緩和ケア病棟や緩和ケアチームがある病院であればいいのですが、一般の病院で十分な痛みのケアが受けられるかといえば、まだまだというのが実情です。

しかし、痛み止めの技術は日進月歩。痛みがある場合は泣き寝入りせず、痛みをとってもらうよう主治医に積極的に相談したほうがいい。担当の看護師に訴えて、主治医に伝えてもらうのもいいかもしれません。

もしも病院に専門の緩和ケア医がいない場合は、ペインクリニックや麻酔科の先生に相談するのも手。とにかく「痛いなんてワガママを言ったら先生にご迷惑」なんて絶対に思わないことです。「痛い」と訴えることは全然恥ずかしくない! 訴えれば訴えるほど、疼痛ケアが進歩し改善され、他の患者さんも助かるのです。それだけは声を大にして言いたいと思います。

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