【第二十七時限目】痛みケア(2) 心の痛みへの安易な励ましは、かえって患者さんを苦しめる

監修●高宮有介 昭和大学病院横浜市北部病院呼吸器センター講師
構成●吉田燿子
発行:2006年2月
更新:2019年7月

生きていてくれるだけで意味がある

そんなことを考えていた矢先、ある友人からこんな話を聞きました。彼女のお母様は心筋梗塞で51歳という若さで突然亡くなり、その後、お父様は肝臓がんで、71歳から5年間の闘病生活を経て亡くなりました。

「母は突然死んだけれど、父は私たちに5年間看病をさせてくれた。心の準備もないまま親に死なれるほうがよほどつらい。私たちは父を『看病してあげた』のではなく、『看病させてもらった』ように思う」と彼女は言いました。彼女は東京と静岡を何度も行き来した苦労など全然苦ではなく、看病させてもらった5年間がありがたいと言うのです。

実は私も同じことを感じました。昨年、1年3カ月寝たきりだった父が亡くなりました。肺機能不全で気管切開していたので、痰の吸引から始まり、オムツ交換、摘便など、介護は徐々に大変になりましたが、少しずつ慣れて、あまり苦には感じませんでした。オムツ交換を手伝ったとき、ふと思ったのは、「父は私が子供のころにオムツを替えてくれたのだから、これは単なるお返しだ」ということです。お返しは苦ではなく、嬉しいことだと思いました。

介護には苦労もつきものですが、介護していた1年3カ月は、逆に家族の絆も深まったように思います。家族にとっては生きていてくれるだけで意味があるのだということを、患者さんにはぜひ知ってもらいたい。家族の方々も、患者さんに気持ちを伝える努力をしてほしいと思いますね。

現在、緩和ケア病棟は全国152箇所にあり、一般病棟でも緩和ケアチームのいる医療機関が増えてきました。しかし、緩和ケア病棟に入院して亡くなったがん患者さんの割合はわずか5パーセント未満にすぎない。

緩和ケアの最前線では多くの医師や看護師が真摯に緩和ケアに取り組んでいます。患者さんの痛みに寄り添い、少しでも和らげようと努力する医療者が確実に増えているのです。

体や心の痛みを和らげるためのケアを受けることは、患者さんの正当な権利。ケアの環境も少しずつではありますが、整い始めています。もし適切な緩和ケアを受けたいと望むのであれば、主治医の先生に積極的に相談してみてはいかがでしょうか。

それと同時に、社会の側でもがん患者さんを皆でサポートするしくみが必要だと思うのです。がんが日本人の死因第1位を独走している今、がんの苦しみはもはや他人事ではない。がん患者さんの痛みを社会全体が分かち合うことができたとき、初めて日本も文明国家になったと言えるのかもしれません。

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