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- 赤星たみこの「がんの授業」
【第二十八時限目】血管新生阻害剤 がんを兵糧攻めにする新薬「血管新生阻害剤」の光と影
抗がん剤との併用で効果が出る血管新生阻害剤
ここまで血管新生のメカニズムについて学んできました。さて、ここからが本題です。
1971年にハーバード大学教授のジュダー・フォークマンさんががんと血管新生の関係を発見して以来、この性質を利用してがん治療に役立てるための研究が世界中で行われてきました。その研究の成果ともいえるのが「血管新生阻害剤」です。これは一体どのようなものなのでしょうか。
血管新生阻害剤とは分子標的薬の一種で、血管新生を止めることでがんへの栄養補給ルートを絶ち、がんを兵糧攻めにして治療する薬です。血管新生を止める方法に応じて、血管新生阻害剤もいくつかのタイプに分かれます。
そのひとつが、VEGF(血管内皮増殖因子)そのものを標的として、そのはたらきを止めるタイプ。これには、アバスチンのようにがん細胞が出すVEGFだけを止めるもの()と、血管の内皮細胞にあるVEGFの受容体もブロックしてしまうもの()の2つがあります。いわば魔性のオンナ(がん細胞)のフェロモン(VEGF)を出ないようにするのが(1)、それだけでは心配だからと誘惑に弱い血管クンに目隠しと耳栓をして、性悪女のフェロモンに惑わされないようにしてしまうのが(2)。この他、血管新生を抑制する生体内物質を大量に投与するタイプの阻害剤もあります。

現在30種類もの薬剤の臨床試験が行われていますが、欧米でがん治療薬として認可されているのはアバスチンのみ。日本でも大腸がんなどで臨床試験が実施されています。ここ1、2年で認可されるのではないかとみられており、このアバスチンには非常に大きな期待が寄せられています。
昨年、全米臨床腫瘍学会でアバスチンの臨床試験の結果が報告され、世界中に衝撃を与えました。進行性大腸がんの患者さんに対して化学療法とアバスチンを併用したところ、化学療法だけを単独で行ったケースよりもめざましい延命効果が得られたのです。その後、非小細胞肺がんや転移性乳がんでも延命効果があることがわかり、現在は前立腺がんや腎臓がんなど、他のがん種でも臨床試験が行われています。
なんでもアバスチンは、単剤で使用するより、抗がん剤と併用したときに大きな効果を発揮するのだとか。とすれば、抗がん剤との組み合わせ次第では、史上最強の治療法を編み出すことも不可能ではない。今後の臨床試験の成果に大いに期待したいところです。
血管新生阻害剤の長所と短所
この辺で、血管新生阻害剤のメリットとデメリットをおさらいしておきましょう。
血管新生阻害剤の最大のメリットとは、「がん種を問わず、幅広いがんに効く可能性がある」ということです。一般に分子標的薬というのは、効果があるがん種や患者さんのタイプが非常に限られているんですね。ところが、血管新生のメカニズムはがん種を問わないだけに、ほとんどの固形がんに効く可能性がある。これは非常に大きなキーポイントといえます。
一方、最大のデメリットとは「コストが高い」こと。アバスチンを使うと、医療費は3カ月で100万円を超えてしまう。これはちょっと頭のイタイところです。
心配なのが副作用ですが、代表的なものとしては高血圧や心血管系疾患、だるさ、耳鳴り、めまいなどがあります。また増殖中の血管新生を阻害するため、手術後の傷の治りが悪くなる例も報告されています。今のところ「血管新生阻害剤が成人の正常な血管に悪影響を及ぼすことはない」といわれているものの、その効果や副作用については不明な点も多いのですね。それを象徴するのが、数10年前に薬害を引き起こしたサリドマイドのケースです。
睡眠薬サリドマイドを服用した妊婦から四肢に障害を持つ子供が生まれたのは、実は「サリドマイドが血管新生阻害作用を持っていた」ためなんですね。ものすごい勢いで増殖する胎児の正常な血管形成をサリドマイドが妨げた結果、重大な副作用が生じてしまったのです。
その後、サリドマイドも成人には悪影響がないことがわかり、今は成人の多発性骨髄腫の治療薬として幅広く使われるようになっています。とはいうものの、新しい血管新生阻害剤を妊婦や子供に使ったときに、同じような災厄が繰り返されないかどうか……ここはぜひ十分な検証をしていただきたいものです。
ともあれ血管新生阻害剤の開発が、今後のがん治療を大きく前進させることだけはまちがいないでしょう。ある専門医の先生は、血管新生阻害剤にかける期待をこう語ります。

「第1に、進行がんでの延命効果のみならず、早期がんの再発予防にも効果が期待できます。第2に、『抗がん剤や他の分子標的薬と、あるいは血管新生阻害剤同士をどう組み合わせれば高い効果が得られるか』が今後明らかになってくるでしょう。第3に、『どの血管新生阻害剤がどういうタイプの患者さんに効くか』という研究が、ここ数年で猛烈に進むと考えられます。副作用についての研究も進み、数年後には臨床の場でかなり効果的に使われるようになるのではないかと思います」
どのがん種にも効き、患者さんのタイプやほかの薬剤との組み合わせしだいでは、高い効果を発揮する可能性がある。しかも、進行がんや転移がんにも効く! となれば、これはかなり期待できそうです。がんを抱える患者さんにとっては、またひとつ希望の灯が増えたといえるのではないでしょうか。
過去の教訓は十二分に活かし、大いなる希望を持って! 期待とともに、今後の臨床試験の行方を見守っていこうではありませんか。
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