【第三十一時限目】がんと不妊 がんの治療と妊娠・出産の問題を考える

監修●礒西成治 東京慈恵会医科大学青戸病院産婦人科助教授
構成●吉田燿子
発行:2006年6月
更新:2019年7月

更年期が早まっているのかも

冒頭で紹介した知人は、普段はとてもパワフルで明るい女性です。その人ですら、骨髄移植の影響で妊娠できないとわかったときには、すっかり自暴自棄になってしまったとか。

その話を聞いて、私はちょっと感じるものがありました。いつもの明るさからは想像もつかないほど落ち込んで荒れたとなると……。私も子宮がんの手術で子宮と卵巣を切除したあと、似たようなことが起きたからです。

「それ、更年期の落ち込みも入っているんじゃないですか?」と私は尋ねてみました。更年期とは女性ホルモンが乱れる時期で、体と心がそれについて行けず、落ち込んだり荒れたりする時期です。抗がん剤の影響で卵巣機能が失われたとしたら、それは私と同じで、更年期による落ち込みではないか、と思ったのです。彼女は、一瞬ハッとしてちょっと考えていましたが、「そうかもしれませんねぇ」と言っていました。不妊のショックで生きる気力さえなくなってしまう。それにはもちろん「もう子供が産めない」という精神的衝撃もあるでしょう。でも、もしかすると、女性ホルモンの分泌が止まって更年期が早まったことも影響しているのではないでしょうか。

私の場合は卵巣切除による更年期で、「外科的更年期」と言うそうですが、いったん更年期になると、ふだんは前向きな私も、とにかくネガティブなことしか考えられなくなってしまいました。夫の嫌な面ばかり目につき、離婚寸前までいったことも。

がんの治療が不妊を引き起すとすれば、当然ホルモンバランスも狂うわけですから、1の悩みが100に感じられたとしても不思議ではありません。

難しい卵子の凍結保存の可能性も

現在、医療の現場では、がん治療にともなう不妊の悩みに答えるため、さまざまな試みが行われています。たとえば東大病院では、放射線治療のときに卵巣の部分だけを厚いタングステンで覆い、放射線から卵巣機能を守る試みが行われています。しかし、治療後にがんが再発するケースもあり、まだまだ課題は多いのが実情です。

この他にも、不妊対策は確実に進歩しています。そのひとつが、精子や卵子の凍結保存です。

男性の精子の凍結保存はかなり普及してきているのですが、女性の場合は卵子の採取や保存がむずかしく、最近まで凍結保存はほとんど行われていませんでした。未受精卵は壊れやすいため、解凍後の卵子の生存率も2割程度にすぎず、体外受精によって出産できるケースは1パーセント程度ときわめて低かったのです。

しかし、東京・新宿の加藤レディスクリニックでは、独自に開発した「ガラス化法」により、なんと解凍後の未受精卵の生存率を98パーセントまで高めることに成功! この技術は、不妊に悩むがん患者さんにとっても、大きな福音となるかもしれません。

が、しかし、この方法も問題がないわけではない。なぜなら、卵巣がんの発見から治療までの間に卵子を採取するチャンスが限られているからです。

採卵するためには、生理が始まってから10日間は排卵誘発剤を投与し、排卵時期に合わせて採卵しなければなりません。採卵のチャンスは1回の生理につ��1度きり。手術の日までに採卵できなければ、もう1カ月待たなければならない。こうなると、採卵を待つ間にがんはどんどん進行してしまい、治るものも治らなくなってしまいます。実際、欧米では不妊ケアを優先させるあまり、がんの再発を招くケースも出てきているとか。ウーン、悩ましいところです。

子宮のない女は「女」ではない?

不妊の問題が複雑なのは、それが患者さんひとりの問題にとどまらないからです。「子宮は女性のシンボル」という固定観念に縛られて、子宮を失うことに過剰な恐れを抱いている人も少なくありません。男性のほうでも、「子宮をとったら女じゃなくなる」などと思い込み、パートナーを精神的に追いつめてしまう輩もいると聞きます。

かと思えば、こんなご夫婦もいらっしゃる。奥さんが30代前半で子宮がんになり、まだ子どもを生んでないのに、子宮と卵巣を全摘しなければならなくなった。奥さんとしては夫や両親に子どもの顔を見せてあげたい、なのに・…、と悩んだそうです。

しかしご主人は、「まだ見たことのない子供より、君のほうが大切だから、手術を受けてくれ」と言ってくれたそうです。なんて素晴らしい夫婦! と、感激しました。

私自身も、子宮がんで子宮と卵巣の全摘が決まった39歳のとき、義母の言葉にとても励まされた経験があります。

「もう子供は産めないけど、子供が欲しくなったら身寄りのない子を引き取って育てようと思うんです」といったら、「いいよ。あんたたちが選んだ子供なら、私にも孫だから」

なんて素晴らしい姑なんだろう、とジーンとしてしまいました。

要は、人生に対するその人の考え方そのものが凝縮されているのが、結婚であり妊娠・出産なんですよね。私自身は「江戸時代の長屋みたいに、みんなが寄ってたかって子供を育てればいいじゃん!」と思うタイプ。同じ食卓を囲み、家庭の文化を共有した者が「家族」になるのであって、DNAは関係ない、というのが私の持論です。

どうしても子供を産みたいのであれば、ギリギリまで努力してみればいい。そのときに大切なことは、周囲の勝手な期待や固定観念にまどわされないことです。自分の命を大事にしながら、自分たちに合った「家族」のあり方を模索していく。それが一番じゃないかなあ、と思うのです。

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