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- 赤星たみこの「がんの授業」
【第三十三時限目】がんとセックス 人知れず悩まず、セックスについて真摯に語り合うことが大事
性感や性欲に変化が起こるか
子宮がんの手術を受けたことで、性感や性欲に変化が生じることはあるのでしょうか。
これには個人差や心理的な影響もあるので、一概にはいえません。でも、女性が最も性感を感じやすいのは小陰唇やクリトリス、腟の入り口から3分の1の部分だといわれています。ということは、子宮全摘で腟の上部を切除したとしても、理論的には性感や性欲に影響はない。だから、「子宮をとったら女じゃなくなる」なんて考えている人がいたとしたらトンデモナイ大間違い! これは声を大にして言いたいところです。
とはいうものの、子宮がんや卵巣がんの治療で卵巣を摘出したり、化学療法や放射線治療で卵巣にダメージを与えた場合は、性欲や性感に影響が出ることもあります。卵巣の機能が低下すると女性ホルモンの分泌が減って更年期症状が表れ、分泌物が減って腟が乾燥し、摩擦で痛みを感じることがあるのです。
卵巣の機能低下は、性欲の低下にもつながります。実際、更年期の本を読むと、「奥さんは性欲がなくなっているのに、ご主人が強要するのでイヤでたまらない」という体験談がけっこう多く寄せられています。こんなとき、旦那さんとのセックスを拒否して浮気に走られても困るわけで……うーん、この辺、かなりビミョーですよね。
かくいう私も、手術で卵巣を摘出した後、更年期障害にかなり悩まされました。症状の1つに性欲減退がありますが、確かにそれもはっきりと現れました。卵巣摘出手術を受けた方は、そのことにも気を配る必要があると思います。漢方薬やホルモン補充療法は、ホットフラッシュや鬱症状だけでなく、性欲減退にも効果があります。
ちなみに国立がん研究センターのホームページでは、がん治療後の性機能の低下により腟に痛みを感じた場合の対処法として、市販のセックス用潤滑剤(リューブゼリーなど)を使うことを勧めています。
お店で買うのが恥ずかしい人は、ネット通販などを利用するのも手。こういう一工夫や努力はとても大切で、セックスとは、いったん「しない」習慣がついてしまうと、「する」習慣にもどすのはなかなか大変です。
心因性、神経性、血管性の勃起障害
次に、男性のがんとセックスについて考えてみましょう。
男性の場合、男性性器の勃起や射精は、さまざまな神経や血管によってコントロールされていてそのプロセスはきわめて複雑でデリケート。このため、前立腺がんなどの泌尿器系がんや直腸がんの治療(手術、放射線治療、化学療法など)を行うと、これらの神経や血管が傷ついてしまい、勃起や射精ができなくなる勃起障害や射精障害、性欲減退などが起こりやすくなってしまうのです。
神経性勃起障害について、最近は前立腺がんなどの手術のときに、神経をできるだけ温存して、性機能の低下を防ぐ工夫が広く行われるようになってきました。この他、ペニスの根元を締めつけて勃起させる器具を使ったり、塩酸パパベリン・プロスタグランジンなどの血管平滑筋弛緩剤を性器に注射し、ペニスに流れ込む血液の量を増やして勃起させる方法もあります。
勃起障害の中でも治療がむずかしいのが、血管性勃起障害です。この場合、性器の感覚や射精機能を取り戻すことは困難ですが、性器にシリコンを挿入して人工的に勃起を作り出す方法もあります。
さらに、放射線治療もペニスに血液を送る動脈を傷つけることで、勃起障害を引き起こすことがあります。一方、化学療法を受けると一時的に性欲の減退や勃起障害が起こることがありますが、1、2週間で回復することが多いようです。
また、勃起障害はこれらの神経性、血管性だけでなく、心因性もあります。
心因性の勃起障害とは、これは女性にはちょっとわかりにくいのですが、男性は「治療のせいでうまくセックスできないのでは」という不安から、勃起しなくなってしまうことがあるそうです。もっとも、これってがんの治療後に限らず、日常生活でもあることです。女性の心無い一言によって心因性の勃起障害が疑われる場合は、パートナーの女性と話し合うなり、心理療法を受けるなりして、不安を取り除くことが大切です。
愛情生活を支える大切な営みの一つ

ある医療評論家の方にこんなことを聞きました。「日本の男性は病気の治療でセックスができなくなっても、命のほうが大事と、あきらめてしまう場合が圧倒的に多い。欧米人は『生きている以上、性交できる能力=勃起能力は絶対に失いたくない』とがんばる人が多い。だからこそ、バイアグラのような薬剤が生まれたわけです」
日本と欧米ではセックスに対する考え方が根本的に違うのでしょうか。欧米では、セックスで愛情を確かめるのはもとより、人間の存在意義まで確かめる人が多いように感じます。
現代の日本では、私が女性だからでしょうか、そこまでセックスに過剰に期待をしていないように感じます。会話や一緒にいる時間の雰囲気だけで十分だ、ほのかな愛情を感じられればそれでいい、と思っている人も多いのです。そして、セックスを貪欲に楽しむのは良くないこと、口に出すのは恥ずかしいこと、という風土があります。
がん患者さんのセクシュアリティの問題に光が当たりにくいのは、この「セックスの話は恥ずかしい」「もっと心のつながりを重視すべきだ」と、セックスをタブー視する風土のせいでしょう。この風土がある限り、主治医やカウンセラーに会って面と向かってセックスの悩みを打ち明けるのはなかなか難しいと思います。そんな人は、新聞や雑誌の医療相談ページに投書したり、メールで相談するのはどうでしょう。顔を合わせないなら、少しは照れも感じずにすむというものです。
がんの治療による性機能の低下にどう対処するか。それは、患者さん個人の生き方や考え方によって千差万別です。あるがままの現実を受け入れ、恬淡として過ごすもよし、欧米人を見習って、性機能を回復させるためにトコトン可能性を追求するもよし。大切なことは、患者さん自身がセックスの問題をタブー視しないこと! 医療の場で、主治医の先生やパートナーとオープンに語り合える環境を作っていくこと。それが何よりも大事なことだと思うのです。
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