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- 赤星たみこの「がんの授業」
【第三十六時限目】再発への心得 ハンディを持ちながらも、生き生きと生きていくという生き方
どうすれば前向きになれるか
編集部 それはそうでしょうね。本当にうつ状態になってしまうと、周囲の人が手助けするといっても限界がある。そんなときは専門家の力を借りて、精神的な立ち直りをサポートすることも必要だと思うんですね。うつ症状が改善されてはじめて、周囲の人ともコミュニケーションがとれるようになる。本当に落ち込んだときは、専門家の手助けが必要だと思いますね。
赤星 日本人には、どうも精神科医に対するアレルギーがあるようですね。専門家を盲信しろとは言いませんが、少なくともがんの専門家とメンタルケアの専門家が、連携して治療に当たるべきだと思うんですよ。
編集部 一口に精神科医といっても、がんによるうつ症状にはがん特有のものがあるわけで、一般の心理カウンセラーや精神科医が診てもわからない部分もある。がんの性質を理解した上で、精神的なアプローチをすることが必要だと思います。
ところで、がんになると、どうしても悪いほう悪いほうへと考えてしまいますよね。患者さんの気持ちが落ち込んだときに、どうすれば前向きに物事をとらえられると思いますか。
赤星 一番いいのは、「今はいろいろな治療法がある」と考えることでしょうね。極論ですが、「がんという病気は人それぞれだから、生存率なんか信用しなくていい。『本人が病気にどう立ち向かうか』が一番重要なんだ」と、うちの夫がよく言うんです。実際に余命半年と言われながら、10年生き延びている方もいるわけですよね。「生きたい」という気力を失わず、治療法に関する情報を収集することが大切なんだと思います。
その一方で、「病気に打ち勝つ」よりも、「QOLを高め、病気と共存して長く生きる」ことを選ぶ考え方もある。その辺の見極めはむずかしいと思いますが、治る可能性があるのなら、情報を収集してよりよい治療法を考えるべきだと思います。
これは『患者力』の著者である南淵明宏先生の話ですが、あるとき見知らぬ患者さんから突然電話がかかってきて、頼まれて手術したことがあるそうです。「うちは田舎だから名医に診てもらえない」なんてあきらめるのは早い。家族と本人の熱意でカバーできる部分もあると思います。
「幸せ」という尺度は人それぞれ異なる
編集部 今はいろいろな治療法が次々に登場しています。それらを試しながら治療のリレーをつなげていくうちに、また別の新しい治療法が出てきたりする。がんという病気を完全に治すのはむずかしいけれども手なずけて病状をうまくコントロールすれば、今はけっこう長生きできるわけです。ところが一方では、なんとしても治そうとして過剰な治療を受け、命まで失ってしまう患者さんもおられる。その辺はよく見定めていくことが重要だと思いますね。
赤星 幸せというのは人それぞれ、と考えるべきですよね。「自分はがんだけれど、家族に支えられて抗がん剤治療を受けている、なんて幸せだろう」と思えたら素晴らしい。「病気になったから希望が狭められた」とか、「幸せの量が少なくなった」と思っているうちは、病気をなかなか乗り越えられない。
編集部 健康だから人生、必ずしも幸せだとはかぎらない。たとえ体が健康でも、不幸な過去やトラブルを背負っていたりする方もいるわけです。がんになったことで他人とは違ったハンディを背負うことが、イコール不幸せなのではない。ハンディを持つことによって、同じ立場の人たちの気持ちがわかるということもある。苦境にあっても前向きに生きる方法を見出し、病気をテコにして前向きな新しい人生を歩む――その生き方こそが素晴らしいと思うんです。
赤星 こうなると、患者さんの生き方そのものが問われるわけですよね。「どんな状況にあっても幸せな側面を見つけよう」という気力のある人は幸せですが、その気力が出ない人はちょっと大変ですね……。
がんは『さよならを言う時間がある病気』――

編集部 世の中にはハンディを持ちながらも、生き生きと生きている人がたくさんいる。そういう人たちの姿を鏡に映して、自分の生き方の参考にしていけばいいと思うんですよ。
たとえば、パラリンピックでがんばっている人たちの姿が人々に勇気と感動を与えたりしますよね。ハンディを背負うことは落ち込む要因ではあるけれども、それをテコに立ち上がれる要素も多々あるわけです。
赤星 「自分よりも状態が悪いのにがんばっている人がいる、そういう人を見習おう」という気持ちですよね。とことん落ち込んだときには、「自分もつらいけど、あの人よりはまだ恵まれている」と考えて自分を励ますことも必要かもしれない。
私が発病したとき、ある友人からこう言われたんです。「今言うべきことではないかもしれないけど、がんというのは幸せな病気だというよ。交通事故や脳梗塞と違って、『さよならを言う時間がある病気』だって」
闘病生活が長引くということは、その間にいろんなことができるということですよね。「がんは自分のことをきちんと考える時間がある病気」といってもいいかもしれない。
編集部 自分の人生を見直すきっかけになるわけですからね。そこから充実した人生を歩めるきっかけになるかもしれない。よく「人生は自分が思うようにしか歩めない」と言いますが、がんになったことを不幸ととらえるか、自分を成長させるための試練ととらえるかで生き方が大きく変わってくる。
赤星 私も友人にそう言われて、「これは私の人生を見直すいい機会だ」と思い、すごくいい人になったのが半年間ぐらい(笑)。でも、あのときに「がんとは自分を見つめ直すことのできる、素晴らしい病気である」と一瞬思ったことは事実なんですよ。
そのおかげで、手術にも湖のように穏やかな気持ちで臨めたのではないかと思うんです。もし再発したら、今度こそ本当に自分の人生がよい方向に変わるんだろうな、と思うことにします。
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