医療の第一歩は患者さんから話を聞くことから始まる

ゲスト:田島知郎 東海大学医学部名誉教授
発行:2007年4月
更新:2013年5月

設備競争が過剰医療をもたらす

田島 マスコミなどが煽っているような最近の病院評価やランク付けですが、問題は複雑で、いい影響ばかりではありません。まず病院の実力を評価する明確な基準がありませんからね。

吉田 確かにそのとおりで、私が患っていた白血病で言えば、5年生存率が、一応の評価基準になっています。しかし病院によって集まる患者には偏りがありますからね。病状が重篤な場合には、やはり世間的に名の通った大病院を利用する。一方、それほど病状が深刻でない場合には、街のクリニックでとりあえず診てもらおうか、ということになります。そうした患者の病状の違いを勘案すると、単純に成績がいいから技術が優れているとは言いきれません。

田島 それに5年生存率と言っても、計算方法が幾通りもありますので、同じ計算方法でなければ意味がない。たとえば消息不明の人たちをどう判断するかもあるわけです。その人たちを健在であるとするか、死亡例に数えるかで、生存率はまったく違ってきますから。そうした難しさがあるからでしよう。最近では、とくに中小の個人病院で医療設備の充実を競い合う傾向も目立ち始めていますね。

吉田 確かにハード面でのアピールはわかりやすいですからね。ウチの病院にはCTが何台あると言われると、それだけで先端医療を手がけている病院と錯覚してしまいます。

田島 PRだけで終わっていたらまだいいんです。しかし、せっかく大枚をはたいて購入したのだから元を取らなくては、と考えるようになる。そこで待っているのは過剰検査、過剰医療です。病院のなかには、過剰な検査や治療が行われた場合、審査で査定されないように、レセプトには格上げした病名を付けているところも少なくないのが現実なのです。実際、日本の病院に設置してあるCT機器は世界中の4分の1を占めているほどですからね。
また、日本では治療により患者さんが受ける放射線の被曝量は、欧米の2倍以上にも達しているとも報告されているのです。こうした過剰医療も、結局は医業を算術で捉えることの弊害でしょう。中小の個人病院ばかりではなく、本来なら最先端の研究に取り組むべき医療機関で、経営が優先されるようになるわけです。本当は医師が経済的な影響から独立して医療を実践できる形が理想的です。医師が経営者であること、医師が病院に雇用されていることが、医師の独立性と医師が患者さんの権利を守り切るという責務の両方を損ねるのです。医療最前線の医師に経営者意識が浸透して、過剰医療が増えれば、本当に医療費が必要な領域への医療費の配分が不足し、そこを担当する医療者が報われなくなり、医師不足が加速し、また医療全体のレベル低下という問題にもつながります。

吉田 最近ではインドの医療技術が進歩して、低額の医療費に魅力を感じる患者がアメリカからもインドに流れているという話も聞きますね。タイもこのところ医療がめざましく進んでいると言います。日本だけが遅れをとっているような印象が否めませんね。

止まらない日本の医療レベルの低下

基幹病院の勤務医がハイリスク、ローリターン、開業医がローリスク、勤務医と比べてのハイリターンという構造を根本的なところで改めなければ、医師不足の問題は解決されません、と語る田島さん

吉田 医療レベルの低下に関連して言うと、医師や看護師の不足も大きな問題ですね。最近では小児科や産婦人科の医師不足が社会的な問題にもなっていますが、程度の差はあれ、同じことは病院全体にあてはまるのではないでしょうか。実際、患者の視点で見た場合でも、病院で働く勤務医の労働環境は苛酷そのもののように思えます。それが医療の質の低下にもつながっているような気がしてならないのですが……。

田島 医師のなり手が少ないのは小児科、産婦人科だけではありません。最近では医療の中核というべき外科でも志望者が激減しています。労働状況で言うと、もっとも過酷なのが小児外科でしょう。この科目の医師の間では「過労死か開業か」二者択一を迫られるとまで言われているほどです。厚生労働省では、そうした状況を打開するために、医大の定員枠を拡大するようですが、これも考えものですね。単純に医者の数を増やすだけでは、医療費配分の歪みが増すばかりで、医師不足が加速して、また医療レベルも低下していくでしょう。

吉田 病院の勤務はきついから開業医ばかりが増えていく。悪循環ですね。開業医になるとプライマリーケアが中心で、生き死にに関わるような患者は大病院に回しますから、医療の進歩に追いついていけない。打開策はあるのでしょうか。

田島 日本もアメリカにならって医療の世界をもっとオープンにすべきでしょう。アメリカには世界のさまざまな国から、医療を勉強するために優秀な人材が集まります。日本も世界から人材を集めるようにすればいいのです。たとえば、英語で医師試験を実施してもいいと私は考えているのです。

吉田 なるほど。海外からいろんなタイプの医師が集まるようになれば、日本の医療界も活性化するでしょうね。

田島 実は20~25年くらい前まででしょうか、実際に英語で医師試験を受験することができていたんですよ。それで海外からの優秀な医師が日本に移る例も少なくなかった。その制度が、なぜか廃止になってしまっているのです。どこかからの圧力があったのかも知れません。


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