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- 吉田寿哉のリレーフォーライフ対談
何よりも治療のタイミングが大切。治療成績向上の秘訣はそこにある 血液がん治療に新たな可能性を開く臍帯血移植
成績の悪い米国のやり方をまねる必要はない
井関 そこで医科研では、抗がん剤治療で寛解した後、数カ月以内の患者さんがいい状態のときに移植を行うことにしているんです。その点で臍帯血移植は、ドナーの見つかりやすさだけでなく、自由に移植時期が設定できるという大きなメリットがあるわけです。
これは移植医療全般にあてはまることですが、誰からどのようにという条件よりも、いつどんなときにという条件のほうが重要な意味を持っていると私は思っています。
吉田 移植を行うのはやはり第2寛解期の後ですか。
井関 そうですね。たとえばフィラデルフィア染色体陽性など、再発率が高いことが分かっている場合には第1寛解期での移植をお勧めします。しかしそのほかの白血病の第1寛解期には化学療法だけで治癒することも考えられますからね。そのような場合には移植を行うのは第2寛解期の後ということになりますね。
吉田 なるほど、よくわかりました。ところでこれは臍帯血移植に限りませんが、血液の移植医療に関しては、日本とアメリカではかなり違っている点がありますね。
たとえばアメリカでは移植後、1週間ほどで患者を退院させたり、また無菌室のレベルも日本よりずっと低く設定していますね。私自身、医科研で手厚い治療を受けたこともあってか、こうしたアメリカの手法に今ひとつ、納得できない部分があります。井関さんはこうした違いをどうお考えですか。
井関 移植治療に限らずアメリカでは入院期間は短く設定されています。でも患者さんは退院後、自費で病院のそばのホテルで静養したりするのですね。その点でいえば日本の患者さんのほうがずっと恵まれているといえるでしょうね。また施設面では、アメリカでもエビデンス(根拠)に配慮しながら医療体制をよりシンプルな形にしていこうとしているのでしょうね。
翻って日本の医療体制を見れば、確かにむだな部分があるのかもしれません。しかし、だからといって安易にアメリカのやり方をまねることもないでしょう。じっさい血液の臍帯血移植に関しては、私たちのほうがずっと成績がいいんですからね。
固形がんにも広がる臍帯血移植の可能性

港区白金にある東京大学医科学研究所付属病院
吉田 これまでのお話をお聞きしていると臍帯血移植には大きな可能性が潜んでいるように思います。白血病はもちろん、それ以外の病気に対しても有効な治療法のようにも思うのですが……。
井関 現在は臍帯血移植の対象は概ね、造血腫瘍に限られています。主に小児で再生不良性貧血に使えるのではといわれたこともあるのですが、これまでのところあまりいい結果が出ていません。 しかし、私自身は骨髄移植が有効な疾病に対しては、臍帯血移植も有効だろうと考えています。あるいは、これからは腎がんなど一部の固形がんや膠原病に適応範囲が広がっていくことも考えられるでしょうね。
吉田 臍帯血移植を進めていくには、やはり無菌室など、それなりのインフラも必要ですね。そうした体制の整備状況はどうなのでしょう。
井関 無菌室もそうですが、移植を行う医師、看護師などマンパワーも重要ですし、また放射線など移植に関連する治療施設も大切ですね。じっさい放射線施設は利用する患者さんが多いため、医科研でもその治療は他の施設にお願いしていたこともありました。
そうしたことを考えると、移植医療をさらに広く普及させるには地域内での病院間の連携が不可欠の条件といえるでしょう。その点では関東、近畿、名古屋といった大都市圏は恵まれた状況にあるといっていいでしょう。他方、地方の方は移植医療を受けたいと思ってもなかなか難しい面があるのは事実でしょうね。
臍帯血移植に対する社会的な理解をもっと

吉田 それに医師と患者の関係で難しい面もあるかもしれませんね。
井関 そうですね。電話で相談を聞いていると、治療を受けている病院に遠慮してセカンドオピニオンを受けることもままならないという患者さんもいますからね。
でも翻ってみると、東京でもつい10年前までは、同じような状態でしたからね。これからは地方でも患者さん中心の医療の時代に移行していくのは間違いないでしょう。
吉田 臍帯血移植に対する病院側の理解はどうでしょうか。私は自分自身の体験を本にしているんですが、その本を読んで臍帯血の提供をしようとした妊婦さんから、病院から相手にされなかったという話も耳にしています。
井関 現在、臍帯血バンクは全国11カ所にありますが、登録者は着実に増加し、現在の登録者数は2万4、5000名に達しています。ただ臍帯血の提供ができるのは、バンクと契約している産院に限られるので、このようなことが起きるのですが、現時点では仕方がないことだと思います。むしろ大切なのは、とくに大人に対して、臍帯血移植が危険で成績の悪い治療だという認識がまだ残っていることだと思います。この記事を読んで、臍帯血移植の機会を失う患者さんが1人でも減ればと思います。
吉田 本当にそうですね。大事なのは、移植医療の正しい認識が広く広がるということですね。今日はどうもありがとうございました。
(構成/常蔭純一)
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