がん患者、家族1800人を対象にした大規模調査から問題点をアピール 患者の声を医療政策に反映させようと立ち上がった

ゲスト:近藤正晃ジェームス 東京大学特任助教授・日本医療政策機構副代表理事
発行:2006年9月
更新:2013年5月

高度な薬を使いこなせる医師の技量も問題

吉田 話が前後しましたが、アンケートで患者が最も関心を持っていた治療薬の承認問題についてはどうお考えですか。

近藤 この問題に関していえば経済との兼ね合いを無視するわけにはいかないでしよう。承認薬を増やせば、当然のこととして医療費はさらに増大します。患者や国民の負担もそれに比例して重くなる。承認薬を増やすのであれば、そうした財政についても議論を重ね、国民レベルでのコンセンサスを実現する必要があるでしょうね。
また、それとは別に薬価の問題もあるんです。薬の値段にも患者の価値を反映させることが重要です。患者が価値を感じる新薬にそれなりの薬価をつけることで、メーカーも積極的に開発を行うようになり、また速やかに承認をとり患者に提供するようになります。
一方で、患者が価値を感じない薬が大量に処方されている実態もある。そうした薬については、無駄な処方を減らし、代替性があるものはより廉価なジェネリックへ置き換えていくことも必要です。医療財政を論じる上では、いかに薬価に患者の価値を反映させるかという議論も行うことが重要です。

吉田 それに抗がん剤の場合でいえば、使いこなすための高度な技術とノウハウの問題もありますね。未承認薬というのは、効果も高いかもしれないが、やはりリスクもともないます。私のように血液のがんであれば抗がん剤も使いやすいのでしょうが、固形がんの場合には、抗がん剤で効果をあげるには高度な技量、ノウハウが求められます。日本には抗がん剤を専門に扱う腫瘍内科医もほとんど存在しないことを考えれば、承認枠の拡大には市販調査が求められるのかもしれませんね。

近藤 そうですね。専門医の育成、そしてそうしたリスク管理ということも含めて、患者さん自身が勉強し、しっかりした意見を持つことが必要でしょうね。

患者とは異なる専門家の情報ニーズ

吉田 医療政策に患者の声を反映させようとするジェームスさんたちの活動はすでに成果を上げ始めています。���とえば国立がん研究センターで設置が決まっているがん対策情報センターの立ち上げもそのひとつですね。これはがん患者が求めている相互の情報交換が具現化されたもののように思えます。現実化すれば患者のメリットは大きいでしょうね。

近藤 情報センターに対する期待は大きいです。このセンターは民主党の仙谷由人さんをはじめ、理解ある各党の議員がマニフェストとしてとりあげてくれたことで実現したもので、それはとてもよかったと思っています。
しかし問題はこれからです。当たり前のことですが専門の研究者の情報ニーズと患者さんの情報ニーズには明確な温度差がある。たとえば患者さんは7割の情報でいいから、今すぐほしいと願っている。ところが専門家はそれよりも10年後に100パーセントの情報を提供しようと考えたりするわけですね。そうした専門家が主導権を握ると、センターの意味が本来、求められていたところからどんどんずれていってしまう。
そうならないためには、センターが絶えず、患者さんに、どんな情報を、どの程度の精度で、いつ必要なのか、問いかけ続ける必要があるでしょう。そうした体制がどう整えられるか、そのことによってこのセンターの持つ意味も変わってくると思っているんです。その意味では「がんサポート」誌の読者も積極的に、センターと接触して、必要があれば、問題提起していただきたいですね。

心の問題を医療制度にどう取り入れるか

吉田 話は変わりますが、私が個人的に聞いておきたいのは、ジェームスさんが「心の問題」をどう医療制度に取り込んでいこうと考えておられるか、ということです。
私自身もそうでしたが、がんになると誰もが不安になり、心のよりどころを求めます。患者中心の新たな医療制度の中では、そのことも無視できないのではないでしょうか。

近藤 おっしゃるように心の問題はとても大切ですね。長い医療の歴史を振り返ってみると、ヨーロッパでは教会が医療の出発点で、傷ついた人、病に倒れた人の心を癒すことから治療が行われていた歴史があります。日本も同じで、聖徳太子が建立した大阪の四天王寺は患者さんを癒すための4つのお堂により、お寺が形成された歴史があります。
ただ日本では医療の発展の中で、なぜか、そうした心の側面がなおざりにされてきた。じっさい世界の医療を見ても、日本ほどスピリチュアルな側面が無視されているケースはありません。

吉田 日本では担当してくれた医師が人間性に優れており、よく話を聞いてくれるということはあるかもしれない。
しかし、再発や症状の悪化を恐れる患者の声に耳を傾けてくれる医療制度は皆無というべき状態です。それでいきおい、同じがん患者同士が互いに話を聞きあう状況になっていますね。

近藤 おっしゃるとおりですね。これからは患者さんの心に踏み込めるカウンセラー、相談員などの専門スタッフの育成も急務ですね。
しかし翻ってみると、このことは医療に限らず、日本社会全体に通底する問題なのかもしれません。日本では心の問題というと、なぜか、きわもの扱いされる風潮があるようにも思います。そのために大切な議論がなされてこなかった。まずは私たち1人ひとりがそうした意識を乗り越える必要もあるでしょうね。

患者中心の医療を実現するためには

写真:近藤正晃ジェームスさんと吉田寿哉さん

吉田 最後になりましたが、ジェームスさんが標榜しておられる患者中心の医療を実現するためには私たち患者はどうすればいいのか、ということをお聞きしたいと思います。
患者中心の医療という言葉が訴えられて何年にもなりますが、医師が医療活動の中心になっていて、患者はなかなか口を開けないでいる状況は変わりません。
結局、患者さんが積極的に声を上げ、医師も患者から学ぶという姿勢を持つことで、新たな医療を構築していく。そのプロセスを積み重ねていくことで、初めて本当の意味での患者中心の医療が実現できるのではないかと思っています。

近藤 おっしゃるとおりだと思います。私は患者中心の医療という言葉には、3つの意味が込められているように思うんです。
ひとつは受益者としての患者さん中心の医療、そしてもうひとつは医療費を負担する市民をも取り込んだ意味での患者さん中心の医療。そしてもうひとつ、あまり議論されませんが非常に大切なのは、医療提供者としての患者さん中心の医療ということです。
結局のところ、日常的な健康増進を含めて、心の問題も含めて、医療というのは患者さんが自分で引き受けるものが大きいのです。専門の医療者は症状が悪化したときなどに、スポット的に患者さんの前に現れる存在に過ぎません。自分の問題は自分で考え、自分で責任を持って行動していく。そうした強さを持つことが患者中心の医療を実現するために不可欠の要素でしょう。これはがんに限りませんが、患者さんには自分自身が医療の担い手であることをしっかりと自覚していただきたいと思います。

(構成/常蔭純一)


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