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- 吉田寿哉のリレーフォーライフ対談
「なぜベストな治療にまっすぐたどり着けないのか」という疑問から出発した医療改革の道 日本の医療を良くするには、アメリカの医療の良い面を取り入れるのが早道
移植の翌日、外も散歩できるアメリカの骨髄移植

骨髄移植後、無菌室で
4カ月保護された吉田さんは、
日米の違いにただただ驚く
吉田 アメリカの医療についても書かれていますが、日本と違っていて驚きますね。骨髄移植で私がいちばんびっくりしたのは、無菌室がないことでした。移植翌日に室外を散歩できたり、24時間子どもが部屋に入っていいなんて、自分の体験では考えられません。 私の場合、感染症を避けるために無菌室で保護され、退院許可が出たのも4カ月後でした。それが、今の状態まで復活できた大きな要因だと思っていたのに、180度違うやり方でも通用することを知って、あれは何だったのかと。
埴岡 頑張ってきた人には、言わないようにしていますが(笑)、たしかに無菌室はほとんど使われなくなっています。先日、2カ月かけてがん治療の最先端を見てきたのですが、たとえばアメリカで治療成績が突出して優れているフレッド・ハッチンソン病院では、やはり無菌室はなかったですね。
しかも、新しい運営アイデアを取り入れるたびに比較試験を行い、成績をモニターしながらやっているので、すごく自信を持っている。たとえば、水洗いした野菜の生食が許可されていますが、これも栄養チームがたくさんの調査をした結果、エビデンス(科学的根拠)に基づいて許可されているわけです。
実際のところ、開放病棟で風邪にかかり、命を落した方も目撃しています。でも、「患者がオープンに外を歩くことで肺機能が良くなり、亡くなる人が減っている。全体としてメリットが大きいのだから、個別の人には気の毒だが全体のためには仕方がない」という考え方なんでしょうね。
吉田 移植後1カ月で帰しちゃう、というのもびっくりでした。
埴岡 ジョンズ・ホプキンス病院では、移植は原則外来ですよ。
吉田 えーっ。
埴岡 入院の場合でも、病棟は無菌室ではなく、廊下も歩いています。
吉田 白血球ゼロで!?
埴岡 移植後に感染した人を調べたら、全体として外部からの感染は非常に少なく、ほとんどの場合はすでに自分がもっていた菌などの再燃だったという判断なんでしょうね。
吉田 さすが自己責任の国という感じです。それにしても、4カ月を1カ月にできたら、病院の回転がよくなり、助かる人が増えるのでは。
埴岡 そのとおりだと思います。ただ、私自身、最初は日本では無菌室が足りないことが問題と考えていたのですが、実は足りないのは医師やスタッフの数で、それがネックで扱える患者数の制限になっていることが多い、と思うようになりました。
吉田 専門医が足りないと。ご著書を読むと、アメリカでは医師も看護師も、ひとりの患者に日本の何倍もつくみたいですね。
埴岡 はい。分業化が進み、多くの医療者が役割分担するチーム医療だという特徴はありますが、たとえばMDアンダーソンがんセンターでも、人とお金のかけ方は日本のざっと5倍でした。逆に言うと日本は5分の1。数日前に参加した学会でも、「血液内科医は絶滅寸前のトキ」という発言がありました(笑)。何とか改善されるよう働きかけていってもらいたいものです。
医療ミス多発の告発から劇的に向上した米国医療
吉田 先日の取材は、具体的にどの病院を見てこられたのですか。
埴岡 ベスト5といわれるがん病院をすべて訪問してきました。その他にも、いくつかのがん病院を見学してきましたよ。
吉田 その記事は何に掲載されているんですか? 読みたいなあ。
埴岡 すでに日経メディカル2005年12月号別冊に、「米国ベスト5がんセンター訪問記――患者視点の癌診療の近未来」というレポートを書きました。今は日経メディカル・オンラインというインターネットサイトで米国レポートを連載しています。
吉田 住んでいらっしゃった7~8年くらい前に比べて、医療の質は変わっていましたか?
埴岡 アメリカはここ10年ほど、国を挙げて医療の質の向上に取り組んでいます。私たちが闘病をしたのは96~97年ですが、99年にアメリカで最も権威ある学術団体が、「医療事故で年間4万4000人~9万6000人が亡くなっている」という衝撃的なレポートを発表しました。つまり、1999年が分岐点で、アメリカでは「国を挙げて医療の質、安全性を高めなければならない」という認識が高まり、事実、巨額の資金も投入し、アポロ宇宙計画のように壮大な改革が始まったのです。
でも、その動きは日本にはあまり伝えられていません。多くの人が言うのは、「アメリカは貧富の差が激しく、医療をまともに受けられない人が何千万人もいて、みんな肥満していてひどい国だ。医療について、アメリカから学ぶことはゼロだ」という話で、みんなそこで思考停止してしまいます。
吉田 私もそう思っていました。
埴岡 医療にかかわる人がプロパガンダしている側面もあるようです。日本は長寿、日本の医療は最高、われわれは頑張っているでしょうとね。だけど、私はいつも思うんです。アメリカの医療を批評ばかりしていても仕方ない。日本の医療をよくしようと思うのなら、アメリカの医療のいいところを見て、取り入れればいいのにと。
アメリカは実験主義で、かつてチャーチルも言ったように「たくさんの実験をして、少しだけしか成功しない。だが、成功したものはかなりいい」国です。その国が医療の質を向上させようと膨大な努力をしていて、その中にポツポツと小さな花が咲いている。それを日本は取り入れればいいんです。同じだけの時間をかける必要もなく、その成果を利用できるのですから、なおのことです。しかし、医療界や行政はなかなか動きませんね。
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