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- 吉田寿哉のリレーフォーライフ対談
「なぜベストな治療にまっすぐたどり着けないのか」という疑問から出発した医療改革の道 日本の医療を良くするには、アメリカの医療の良い面を取り入れるのが早道
米国に来るよりトヨタに学びに行け
吉田 私は広告の世界の人間なので強く感じるのかもしれませんが、日本の医療界にはマーケティングやサービスという概念が欠落していますね。記事にもありましたが、アメリカでは患者をカスタマー(お客様)と呼び、病院の経営視点に立ったマーケティングが行われているそうですね。
埴岡 皮肉ですが、アメリカの病院で業務改善のことを尋ねたら、何度も「ここに来るよりトヨタに行け」と言われました(笑)。多くの病院が「トヨタ生産システム」を取り入れているとのことでした。たとえば、患者さんが病院に入ってから出るまでどう歩くか、完全にシミュレーションする。こうした改善活動はたぶん、製造業にかかわった人から見たら、自然な発想だと思います。
吉田 日本が最も進んでいる分野なのに、なぜ日本の病院は取り入れないんでしょうねえ。
トヨタはこうした方法で生産性を何10パーセントも上げたといっている。その方式を病院が取り入れたら、何10パーセントの生存者数の向上になるはずなのに……。
埴岡 おっしゃるとおりです。それと、アメリカの場合、成績を改善すると病院の収益が上がることが、改善の動機になっています。たとえば、質の低い医療で亡くなる犠牲者がひとり減ると、その人のリカバリーと最期の濃厚医療にかかっていた医療費が2500万円減る。3人減ると、病院は7500万円助かり、みんなが得する話なんです。ところが日本は、助けた分だけ病院の収益が減るので、鳥瞰図的に見ると、助けない方向に向かう仕組みになってしまっています。
吉田 というと?
埴岡 たとえば、白血病の抗がん剤点滴のためにカテーテルを入れるとき、上手にやれば患者さんは痛くないし、請求は微々たるものです。でも、手技がヘタクソで、失敗して肺に穴を開け、それが元で感染症を起こして移植を受けられなくなったうえ、患者さんが半年間苦しんで亡くなった場合には、医療費が1000万円単位でかかる。しかし、病院はそれが売り上げになる。へたなほうが儲かるのです。
成績の悪い病院には、患者を送らない保険会社

「人とお金のかけ方は
日本は5分の1。これが現実です」
埴岡 いまアメリカでは、医療改善のキーワードはコラボレーション、連帯主義です。たとえば、ミネソタ州では医療事故は全部開示しようと病院協会が言い出し、州政府がそれを支える法律を作り、多数の病院が参加して、『ミネソタ州の医療の質をアメリカナンバー1にしよう』というプロジェクトが行われています。みんな立場を超え、ライバル意識さえ捨ててね。
吉田 地方分権がモチベーションを高めているわけ���すね。日本ではどこから手をつければ、医療の質が改善されるのでしょう。
埴岡 国の方針は、ずいぶん変わってきました。たとえば、社会保障審議会の医療部会でも、「各都道府県が医療の質を、継続して開示するように」という方向が示されましたね。問題は医療現場や学会がこの流れに取り残されないかどうかです。たとえば「手術件数と治療成績は比例しない」という理由で、一定以上の件数の病院への優遇制度は廃止されてしまいました。
しかし、その代わりとなるべき質の計測方法はまだ開発されていません。日本でもいよいよ医療の質を測る時代になるのですが、その手法の研究や、医療界の自覚形成が著しく遅れていますね。
吉田 ただ、医療の質=必ずしも治療成績ではないと思います。副作用対策をきちんと行い、QOLの改善や精神的サポートを重視する施設をどう評価するかという問題もありますね。
埴岡 アメリカの臨床腫瘍学会では、乳がんと大腸がんを対象に、「治療に際し行ったほうがいい行為」を100項目ほど、ガイドラインからリストアップし、学会の選んだ数千人の患者さんのカルテで、その行為が行われたかチェックする調査を行いました。最初は過去の患者さんの調査でしたが、これはいいというので、現場の医師たちが自主的に治療中の患者さんを対象に行うようになりました。そして、これが「データを提出したり、成績がすぐれた医療機関には、診療報酬をたくさん払おう」という動きにつながろうとしています。
吉田 アメリカの保険会社は柔軟ですねえ。
埴岡 国民皆保険でないことはアメリカ最大の不幸ですが、そのうえに乱立した保険が種々の試みを行っている。日本が学ぶべきなのは、実はここなんです。
吉田 何とかカバーしようとするところから、宝物が出てくる。
埴岡 たとえば日本の場合、成績の悪い病院は放置されていますが、アメリカでは保険会社が「おたくには患者さんを送りません」と宣言しますからね。
吉田 そこがすごいですね。病院によって、保険金を変えてしまう。
埴岡 アメリカは年間、多数の臓器移植をしていますが、腎臓なら腎臓、心臓なら心臓でそれぞれ患者の重症度まで加味した成績評価を科学的・統計学的に行って、成績の悪い病院は調べに行く。そして、原因を調べたり、改善要求を行ったりして、だめな場合には病院がその治療から自主撤退したりする。保険会社もそうした病院には患者さんを行かせません。ある意味、最小限の品質保証があるのです。日本のように病院を仕分けする仕組みが全然ないより、患者さんの安全はよほど守られますよ。
吉田 アメリカの医療には、学ぶことが本当にたくさんありますね。もっとお聞きしたいのですが残念です。ありがとうございました。
(構成/半沢裕子)
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