血液内科志望の医師が血液の難病から生還した貴重な体験と教訓 2度の死にかかった体験から「生かされた。使命を与えられて」と感じる

ゲスト:田結庄彩知 東京医科大学大学院生(解剖学教室)
発行:2006年4月
更新:2013年5月

大学時代からの彼と一緒に暮らしたい!


同じ時期に同じような体験、治療をした
2人の話は大いにはずんだ

吉田 白血病の場合、移植にいたる前に寛解(注3)かでどうかによって、予後がずいぶん違います。再生不良性貧血はどうですか。

田結庄 寛解という言い方ではありませんが、あると思います。通常、「数値は低くても、何とか生活できるレベルに」と、輸血に輸血を重ねるわけですが、輸血を続けると体内によけいな鉄分などがたまり、多種の臓器障害が出てきます。しかも、抗体ができ、多く入れても、血小板や赤血球の減少が次第に止まらなくなります。ですから、ご飯が普通に食べられるくらい元気なときに、「移植前処置は何日から、移植はこの日」と決めてしまったほうが、全身状態はやっぱりいいですね。

吉田 私は移植の前処置から移植後まで、筆舌に尽くしがたいつらさを味わいました。田結庄さんもつらかったでしょう。

田結庄 もーう、つらかったです。

吉田 ミニ移植でしたね。フルの移植に比べると、少し穏やかでは。

田結庄 医師としてフルもミニも見ていましたが、やはりフルのほうがつらそうでした。ですから、ミニなら大丈夫とタカをくくっていたら、とんでもなかったです。

吉田 どんなつらさでした?

田結庄 メルファランという薬は、すごい吐き気が出ます。まわりは元の先輩や同僚で、みんな興味がありますから、「どんな吐き気?」って聞くんです。私、「日本酒を6升くらい飲んで、1週間くらい2日酔いみたいな感じ」って答えていました(笑)。 吉田 (笑)わからないなあ。6升飲んだことないですからねえ。

田結庄 とにかく、寝ても醒めても吐き気、吐き気でした。

吉田 移植後はどのくらいで退院されたのですか。

田結庄 2カ月です。

吉田 早いですね。

田結庄 「ご飯もがんばって食べます」と言って。とにかく家に帰りたかったので。

吉田 何か理由が?

田結庄 今、夫と暮らしていますが、籍も入れていないし、結婚式もまだ��んです。大学の同級生で、卒業後は遠距離恋愛で、いつかは一緒にといいながら、おたがい忙しくてそのままになっていました。でも、私の病気がわかると、彼は東京医科大学解剖学講座の助手の職を得て、東京に来てくれました。2人で住むため、彼は大学の官舎を借りましたが、私はそこに1泊、外泊したことがあるだけでした。ですから、どうしてももう1度帰りたかったんです。


最近は積極的に海外に行っている。
それも生きがいの1つに

吉田 わあ。じゃ、入院中もそれが目標になったでしょう。

田結庄 それは大きかったです。

吉田 ご主人のほうも、医師として家族にそうした患者さんをもって、感じ方が変わったのでは?

田結庄 変わったようですね。もっとも、彼もけっこう冷静で、家族というより、よき医師としてアドバイスをくれました。

吉田 それじゃ、ご主人にはすごい借りがありますね。私もありますが。一生かかって返さないと。

田結庄 はい。そう思ってます。

(注3)体内の白血病細胞が10の10乗個以下に減少し、白血球や赤血球、血小板も正常値になって、症状も消失。骨髄中の白血病細胞(がん化した芽球)も5パーセント以下に減少した状態

症例数が増えるミニ移植。前処置も楽で高齢者にも

吉田 ところで、私自身はフルの移植ですが、ミニ移植のメリット、デメリットとはどんなことですか。がん細胞は残るでしょう?

田結庄 残りますね。なのになぜ行うかというと、移植した細胞によってGVHD(移植片対宿主病)にはなりますが、GVL(移植片対白血病効果、注4)などを期待して行います。

吉田 平たく言うと、移植した白血球などが、移植先の患者さんの体内のがん細胞をやっつける可能性がある、ということですね。

田結庄 そのとおりです。加えて、前処置が比較的楽なため、高齢者や臓器障害のある患者さんなどへも移植の適用が広がりました。

吉田 今後の可能性は?

田結庄 2月に造血幹細胞移植学会という大きな移植の学会がありますが、その演題を一昨年から比較してみると、ミニ移植は症例数が増えています。それが一番だと思います。最初は手探りなので残念な結果も出ますが、知恵を出し薬を替え、いろいろやっていくと、10年後はいいデータがでているのではないかと思います。
実際、まだ症例数が少ないため何ともいえませんが、印象としても向上していると思います。元気に退院していく患者さんも増えています。今後、つらいGVHDがなくなり、ほしいGVLだけがあれば、本当に救いの道になるのですが。

吉田 臍帯血移植は私や田結庄さんみたいに、ほかに手立てがなかったり、ドナーが間に合わない場合に有効な手段ですから、楽な形で広がってほしいですね。

田結庄 骨髄バンクのドナーさんにはどうしても負担がかかりますし、コーディネートも必要です。でも、臍帯血移植は出産のときに捨てていたものをいただきますから、ドナーへの負担がなく、すぐ手に入ります。ただ、移植後の免疫状態については、まだ成人では10年後の症例がないので、どうなっているかなあとは思います。

吉田 その意味では、臍帯血移植には他の移植の方法と比べて確立されたプロトコール(治療プラン)やマニュアルがまだなく、全部手作りという感じがします。主治医と患者がコミュニケーションをはかり、どんな治療を選ぶか毎日毎日積み重ねること。これがこんなに大事な病気も、少ないかもしれませんね。

田結庄さんの誕生石と臍帯血の赤ちゃんの誕生石の2つの石をリングにしたネックレスは父からプレゼントされたもの

(注4)GVL(Graft Versus Leukemia=移植片対白血病効果 GVHD(Graft Versus Host Disease=移植片対宿主病)はドナーのリンパ球が患者の体を異物と認識して攻撃する症状だが、同時に白血病の細胞も異物と認識して攻撃するので、再発が減少する。これをGVL効果という

患者の気持ちのわかる血液疾患専門医をめざす

吉田 ですから、患者の立場をご自分で経験された田結庄さんには、ぜひ血液疾患の専門医として現場に戻り、活躍してほしいです。

田結庄 ありがとうございます。そうあれたらと思いますね。私には今も免疫があまりありませんし、正直、臍帯血移植の本当の現場に戻るのは不可能かもしれません。それでも、助けてもらった虎の門病院の血液科に戻りたいと強く思っていますし、移植にも関わっていきたいです。 まず、患者さんと医療者との間をつなぐような仕事から始められたらと思います。たとえば、移植をすると、皮膚に湿疹が出たり関節が痛んだり、いろいろな慢性GVHDが出ますが、患者さんは移植ですごいつらさを乗り越えてきたので、「このくらい」とがまんしてしまうことが多いんですね。そのため、医療者が意外に症状に気づかないんです。
これから移植成績が向上してくれば、移植後のQOL(生活の質)が大事になってきますが、そのへんは体験した者でなければわからないのでは、と思います。

吉田 移植は大変ですから途中で投げ出す人もいると思います。

田結庄 人間の免疫にはわからない部分が多く、どうしてこの人がよくて、この人が悪いのか、わからない。ですから、移植は賭けになる部分も多いです。化学療法は成績がある程度予測できますが、移植は予測がつきにくいです。もちろん、助かる可能性に賭けるのですが、敗れたら見ていられないほど状態は悪くなります。「最後は家に帰りたい」という患者さんの願いが、叶わないこともあります。
だからこそ、年齢やその方の今までの人生、生き方まで踏み込んで話し合い、「2回目まではやろう」、「3回目までがんばろう」というふうに、線を引く必要があるかもしれません。とにかくつらいですし、再発するたびに確率は下がってくるわけですから。

吉田 医師と患者ができるだけ話をすることは、医療の現場に本当に必要だと思いますね。

田結庄 おこがましいかもしれませんが、医者はサービス業ですから、患者さんの希望をきちんと聞き取り、できるだけそれに沿ったサービスを提供するべきなんだと思います。もっとも、挨拶をし、話をして、意見を言い合うなんて、一般の人間社会では当たり前。なのに、それができていない医師が多いと言われると、やっぱり悲しいですね。

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