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- 吉田寿哉のリレーフォーライフ対談
「もらった命」。だから怖いものは何もない 自分にできることは何かを考えて、行うことが大事
「卵子セルフバンキング」とその課題

患者によっては、体験者としての励ましの
言葉が逆に追い込んでしまう場合もある
吉田 今は医療が進歩したおかげで、骨髄移植による不妊の悩みも解消されつつあると聞きました。その辺のお話は、大谷さんの著書『白血病からの生還』(リヨン社)の中でも詳しく書かれてますよね。
大谷 今、がん患者さんのために未受精卵子を保存する「卵子セルフバンキング」という方法があるんです。これは、東京・新宿にある加藤レディスクリニックの研究者が世界で初めて未受精卵子の凍結保存に成功したことから始まったんですね。もともとはキャリアウーマンが、卵子が若いうちに取り出して凍結保存し、仕事が一段落したところで妊娠・出産できるようにと開発されたらしいんです。
吉田 なるほど。抗がん剤で卵巣機能が破壊される前に、「卵子セルフバンキング」で卵子を保存しておけば、治療後に子供を産むことも可能なわけですね。
大谷 そうなんです。その後、私が「卵子セルフバンキング」のことをあまりに宣伝したものだから、加藤院長が、「よし、ビジネス抜きでがん患者さんのためにサポートするよ」と言ってくださって。本当は50万円ぐらいかかるところを、実費だけでがん患者さんが卵子保存できるようにしてくださったんです。
吉田 未受精卵子保存というのは、今どれぐらい広まってきているんですか。
大谷 これからですね。卵子保存技術が確立されたのになぜ広まらないかというと、患者さんの不妊の悩みに対する医師の意識があまりにも低いからなんですね。だから積極的には患者さんに説明してくれないんです。
吉田 それにはもうひとつ理由があります。精子保存や卵子保存というのは儲からないビジネスなんですって。僕は抗がん剤治療の後、臍帯血移植を受ける2カ月前に、千葉県市川市の病院で精子保存を受けたんですね。都内にたくさん病院があるのになぜ市川まで行かないといけないのか、と先生に聞いたら、「精子保存ビジネスというのは採算があわないから都内の病院ではやっていない」と言うんですよ。
大谷 移植を受ける病院の中で、精子保存や卵子保存が受けられればすごく助かるのにね。
吉田 医師ってまだまだ男性が多いでしょう。だから不妊に関する女性のつらさというのがわからない。女医の皆さんが中心になって啓蒙活動を進めていただけると状況も変わると思うんですが。ところで、今日はせっかく大谷さんに来ていただいた���で、骨髄バンクのお話も聞かせていただきたいと思います。
生き残る可能性がどんどん消えていく
大谷 私は86年に慢性骨髄性白血病と診断されたんです。骨髄移植をしなければ助からないのに、頼みの綱の姉妹には誰ひとりとして適合者がいない。それを知ったときの慟哭は測り知れないものがあったんです。
吉田 当時、慢性骨髄性白血病は抗がん剤だけで治す方法もあったんですか。
大谷 急性骨髄性白血病はそうでした。でも私は慢性だったから、助かるためには骨髄移植しかなかった。今はグリベックという分子標的薬がありますが。
吉田 僕も骨髄移植のドナーを探すのには苦労しましたね。最初は抗がん剤療法で治そうとしたんですが、再発で骨髄移植を考えざるをえなくなりまして。「骨髄バンクがあるから」と安心しているところもあったし、医師から「ドナーは7人いる」と言われていたので、ひとりぐらいは適合する人がいるだろうと楽観していたんですが……。検査の結果、適合するドナーがゼロだとわかったときのショックは大きかったですね。
大谷 消去法で、生き残る可能性がどんどん消去されていく。生身が切られていくようなつらさがありますよね。兄弟姉妹で骨髄の提供者が見つからない場合、適合者が見つかる可能性は1万分の1しかない。それで当たりかまわず友達に助けを求めまくったんです。そりゃ友達も引くよね。「私に何かできることある?」と言ってくれる友達もいたけど、黙ってガチャンと電話を切る友達もいた。ドナーが見つかる可能性は1万分の1しかないので、とにかく卒業アルバムを見て片っ端から電話をかけるしかないわけです。
吉田 そのパワーがすごいよね。電話をかけた友達に「あなた、そこまでして生きたいの」と言われたという話を読んで、それはキツイなあ、と思いましたね。
「なければつくればいい」骨髄バンクの設立
大谷 ありがたいことに、アメリカ人と結婚して香港に住んでいた姉が、検査の結果を聞いて帰国してくれまして。「アメリカには骨髄バンクというものがあるらしい」と聞き込んで、日本の骨髄バンクを探しに帰ってきてくれたんですね。
吉田 HLAという白血球の型には人種差があるから、日本の骨髄バンクを探したほうがよいとお考えになったんでしょうね。
大谷 東京・広尾の日赤中央血液センターにアメリカで骨髄バンクのことを勉強してきた先生がいると聞き、翌日、大阪から東京まで会いに行ったんです。ところが会った途端に「日本に骨髄バンクはないんですよ」と言われて、気がついたら先生に飛びかかって胸倉つかんでた。先生にしてみたら、「なんであんたに胸倉つかまれなあかん」って感じですよね。姉は先生に謝った後、私のほうに向き直り、異常なほど冷静な態度でこう言ったんです。「骨髄バンクがないのはこの先生のせいとちゃうやろ。ないんやったら、あんたがつくったらええねん」って。
吉田 そのお姉さんの言葉がきっかけとなって、骨髄バンクを設立することになった。
大谷 ちょっと発想を変えたんですね。年間6000人が発病するということは、6000家族が苦しんでいるやろうと。ひとりで1万人のドナーを集めるのは大変だけど、6000家族の1人ひとりが100人ドナーを集めてくれば話は早い。これなら骨髄バンク、すぐできると思ったんです。今思うと姉は「このままでは妹は落ち込んで死んでいく」と思ったんでしょう、がぜん仕事を増やしてくれましてね。骨髄バンクをつくると決めたら、泣いてる暇はなくなったんですね。
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