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シリーズ対談 田原節子のもっと聞きたい ゲスト・江川綾子さん 生き生きとした闘病生活を笑顔でサポートし続けたい
貫かれている個性

節子 綾子が言ってくれているように、私の個性はずっと長いこと、変わらないでいるのだと思う。
綾子 病気になる前と基本的には変わっていませんよね。ただ、不自由なことが多くなって、落ち込むこともあるでしょう? 落ち込んでは、ちょっと気を取り直して、また立ち向かっていく、ということの繰り返しですね。
節子 落ち込むときは宣言します。「頭痛がしているので、ちょっと不安」とか、「今日は機嫌が悪い」とか。
綾子 みんなに「いまは病気だから」って言われることがあるけれど、病気ということの波の激しさはあっても、前からこんな感じなのは同じね(笑)。
節子 病気だからとくに波が激しくなった、とは思わない。元気なときに、三つも四つも荷物を背負っているほうがしんどいですね。かえって今は、病気だけに専念できる、病気だけに一生懸命になれる、幸せな時間のような気がして。
綾子 本人がこれですから、こちらがおろおろしてはいられない。節子さんの場合は、病気を嘆き悲しむのではなく、「敵」の正体を突き止め、協力者や友人を得て、ずっと突き進み続けてきた。それを力強く感じますし、病気に真正面から立ち向かっていこうとする姿勢に、尊敬の念がいっそう深まったかもしれない。
厳しい余命宣告があって、転移や再発が起こって、家族としては、支えよう、いたわろうと思うところかもしれませんけれど、私はむしろ「ついていこう」という気持ちです。
父は、支えよう、力になろうとしているのでしょうが、私は、暗くなるのはやめて、笑顔で応援し続ける力を持っていたい。とにかく、好奇心の強さが飛びぬけていて、あらゆる方面に知識が豊富な母には、ついていくのもなかなか大変なものもあって……(笑)。
節子 何か疑問が出ると、娘たちにコンピュータを駆使して調べてもらうんです。知識が豊富というよりも、私は「調べて」ってオーダーするだけ、かな。
綾子 よくない情報に出合うと、どうしても暗い気持ちになってしまうこともありますが、身内では「奇跡を起こしてやろう」、「前人未到の記録をつくってやろう」と言い合っているんです。
節子 へえ、そんなこと言ってるなんて、思ってもみなかった。だからみんな、あまり沈んだ雰囲気にはならないのね。私自身が深刻になったとき、私はしっかり感情全開でいるけれど。
綾子 そう、そんなときの節子さんは、まるで嵐みたいです。でも、そういう嵐のと��はなぐさめようもないので、温かく見守るしかない。でもやがて収まるとわかっていますから、心配はしません。そういえば、嵐が過ぎ去るのを待つのは、昔からのことですしね。
サポート役として黒子に撤する
綾子 まるで私のほうが親みたいなことを言いますが、節子さんにはいつも生き生きしていてほしいって思うんです。仕事にサポート役としてついていくときも、節子さんのやり方が厳然としてあるはずなので、私はあくまでも黒子に撤するようにしています。
とはいえ、黒子をやっているうちに、私の自己主張する時間はたしかに短くなってきています。親子だからこそのストレスも、やはり溜まってきます。こんなふうに密着してからまだ日が浅いものですから、バランスをとるのはなかなか難しくて、そういう意味では方法を模索中でもあります。
節子 こういう状態は、まだこの5月以来ですからね。病気になる以前は、私が田原総一朗の黒子に徹していましたから。
綾子 ほんとうに。普段着から仕事用の服まで用意し、原稿のチェックやスケジュール管理はもちろん、地方に行けばボディガード役から荷物持ちまで、何でもやっていました。おかしいことに、父にはペンや箸より重いものは持てないと、みんなが思っていて。最近では、車イスを押すのも、車イスをトランクにしまうのもうまくなって、すっかり力持ちになりましたが。
二人が離れていることがあまりにもなかったものですから、節子さんがいないときの父は別人のようなんですよ。
だいたいが病気になる前だって、隣の部屋にちょっと移るだけだって、なにやかやと別れを惜しむ儀式があって、私や事務所を仕切る叔母は、延々それに立ち会うんですから。
節子さんが初めて入院したときなんか、節子さんのいない食卓を囲む父は、しょんぼりと肩を落として、伏し目がち。私たちがなんとかその場を盛り上げる話題を持ち出そうとしても、節子さんのいるときとは、目の力も声の張りもまったく違うんですね。その違いを、節子さんだけが知らないわけですが、あまりのその落差に、みんな笑ってしまうほど。
節子 私はそういう総一朗を見たことがないの。だからよく聞かされるんだけど、ちっとも実感がわかない。
綾子 先日、「乳がん治療の明日を考える」というシンポジウムに、二人で出席したときだって、基調講演した節子さんが、なかなか舞台の奥からもどってこないだけで、先に引っ込んでいた父が、舞台の袖の客席から見えない場所で、案の定、おろおろして節子さんが引っ込んでくるのを待っている。しかもいかにも不安そうに、目が宙を泳いでいる。
それまでコーディネーターとして、並みいる乳がん治療の第一線の先生方に対して鋭く切り込み、さっそうとシンポジウムをさばいていた姿から一転、いかにも心細げな姿になる(笑)。
節子 次のスケジュールが詰まっていて、時間がなかっただけではないの?
綾子 いいえ、それは違います!
母と娘の時間を楽しむ

綾子 みごとなくらい以前と変わらないなかで、病気になったとたんに変わったことといえば、話のできる時間が増えたことでしょうか。これはケガの功名というか、思わぬプラス効果でしたね。
それまでの節子さんは仕事漬けでしたから。病気はもちろんいいこととは言えませんが、母娘の距離は以前よりも近づいたように感じています。
それに、私は元来のんびり屋で、忙しくならないと普段の日常生活で俎上にのぼらないことは、なかなか見えてこなかった、ということもありました。
それが、節子さんに刺激されて、いろいろなことを連鎖的に考えるようになって、しかもそれがまた節子さんと話すいい話題にもなる。いろいろ教えてもらいながら、自分を確立していく、とてもいいチャンスを与えられた、と私自身も感じています。
かなり前から、同人誌にエッセイを書いたりしていますが、いま、さらに書く意欲がわいてきている。付き添いながら、診察の待ち時間や、節子さんの打ち合わせ中の待機時間なんかに集中して書いて、それを休息中の、ベッドで寝ている節子さんに読んでもらったり、私もけっこうわがままなことをしています。
節子 時間が限られていたほうが、何かできるのかもしれない。
綾子 書いたものを読んでもらうには、これ以上望めないくらいの相手とも言えるので、先輩としても親としてもアドバイスしてもらい、それをかみしめたい。自分の体と心に染みこませたい。そういう意味で、節子さんとの時間を楽しんでいるところもあると思います。
節子 楽しんでる?義務感から、ってところもあるんじゃない?
綾子 義務感だけでは、こうはいきません。結構おもしろいんですよ、ウチのお母さんは。
節子 私も、私の娘ほど面白い子はいない、って思ってるの!
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