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シリーズ対談 田原節子のもっと聞きたい ゲスト・幡野和男さん さらに副作用を少なく! 放射線の最先端治療 IMRTのこれから
手間暇がかかる最先端技術
田原 患者の負担はどれぐらいなんでしょうか。
幡野 患者さんは最初にCTやMRIを撮っていただいて、次に来院されるときには治療を受けられます。
田原 治療を受けるたびに動いたりしなくてもよいということですね。
幡野 1度のCTかMRIで、100枚近い画像が撮れます。たとえば、脳腫瘍では、目の上から頭頂部まで100ミリ前後のところを、1.5ミリ間隔で切った画像を撮りますから、場合によっては百数十枚。前立腺だともっと少なくて80枚程度。そこに写った腫瘍の輪郭を、コンピュータの画面上で1枚ずつマウスでなぞって入力して、最終的には三次元画像にする。かなり手作業がありますので、裏方はとても大変です。
田原 患者にやさしい治療は、ドクターにはやさしくない(笑)。放射線をかけている間は動くなといわれますが、その点では?
幡野 それに関してはIMRTはやさしくないかもしれない(笑)。実は、ふつうの照射が、部屋に入ってから出るまで5分とすると、IMRTは20分かかります。たとえば前立腺では、前後にある膀胱や直腸の中身によって、同じ人でも毎日体の中で位置が動くんです。そこで、あらかじめ、前立腺の中に3個の小さな金の粒を刺入しておいて、毎回写真を撮って、三次元的に位置を確認します。それによって、治療台をミリ単位で調整するんです。
田原 それに時間がかかると。日数的にはどうなんでしょうか。
幡野 これも、IMRTだと、前立腺で38回、土日はお休みしますから7週半かかります。通院でも治療できますが、すごく手間暇のかかる治療であるということが、ひとつのネックになっています。
田原 それでもこの治療を選ぶのは、副作用が少ないからですね。
飛躍的に軽減された放射線の副作用
幡野 副作用という点ではかなり優れています。ふつうの照射で前立腺がんを治療した場合、2割程度の方に、直腸の出血という障害が起きます。IMRTではそれが5パーセント以下です。放射線の副作用の強さは、放射線がたくさん当たる容積が大きいほど強く出ます。IMRTの利点は、その容積がはるかに狭められているので副作用が小さいんです。
田原 前立腺がん以外では、どんながんに適しているんですか。
幡野 頭頸部がんですね。
田原 首から上は、構造が複雑ですよね。

治療前には中央に大きく白く見えているがんが、
治療後には消えていることがわかる

上咽頭がんをIMRTで治療すると、放射線障害が出やすい唾液腺を避けて照射することができる
幡野 図2は上咽頭がんといって、鼻の奥にできたがんの方です。かなり大きながんですが、放射線がよく効きますので、治療後は腫瘍が消えています。上咽頭がん、下咽頭がんや喉頭がんでは、照射範囲に唾液腺があるんです。これまでは、治療でがんが治っても、唾液腺がやられて唾が出なくなるという障害が大きな問題でした。頭頸部がんには比較的若い、10代の方もいますから、病気が治っても一生唾液が出ない状態が続くわけです。IMRTでは唾液腺を避けて照射範囲を調整することができるんです(図3)。
田原 唾液が出るか出ないかは、ものを美味しく食べるという意味で大切なことですよね。唾液が出ないとぱさぱさで、味気ないものなのでしょうね。
幡野 患者さんに伺うと、まず食パンは水分が一緒にないと食べられない、ご飯は噛んでいると口の中でお餅になってしまう。もちろん味もわからない。それに、長時間しゃべれないとか、いつもペットボトルで水を持ち歩かなければならないといいます。
IMRTで、20例ぐらい頭頸部がんの方を治療しましたが、1年以内で患者さんは唾液が出るようになるんです。病気も同じように治ってしかもダメージが少ない。治療後の定期検査で、患者さんから「唾が出るようになった」と聞くと、すごく嬉しいですね。
IMRTが適しているか、ガンマナイフが適しているか
田原 頭頸部と前立腺以外のがんでは?たとえば乳がんとか。
幡野 乳がんは通常、避けるべきところがあまりないので、ふつうの放射線で十分対応できるのですが、*漏斗胸があって、乳房のほうに肺が入り込んでいるような特殊な場合は適応になります。肺に放射線がたくさん当たると、肺炎を起こして命にかかわることがあります。
田原 体にあるがんは呼吸で動いたりしますよね。
幡野 実はIMRTでは、呼吸で動く部位の管理は苦手なんです。日本ではまだ例がありませんが、アメリカではそのほかに子宮頸がんの治療も行われています。子宮頸がんは扁平上皮がんですから、放射線がよく効く。その上、手術でリンパ節を郭清すると、多くの人に排尿障害が出ます。これまでの放射線では、隣接する小腸や直腸に障害が出るのでネックになっていました。IMRTだとそれを避けられる。そうすると、手術よりずっとよい結果が得られる可能性が高いんです。
田原 子宮がんの方は、いろいろ障害が多いようなので、放射線で上手に治療できれば、救われる方がたくさん出ると思います。
ところで、私は脳転移をガンマナイフで治療したんですが、あれもピンポイントですよね。どう違うのですか。
幡野 ガンマナイフは、脳転移のようなまんまるの腫瘍に対しては一番効果があるし、有効なのですが、分割照射ができず、一発勝負の治療です。だからピンを頭蓋骨に固定してやりますよね。視神経など、放射線障害が出やすい部位の近くにある場合は、一発でたくさんの線量を当てるより、ふつうの分割照射にしたほうが障害が出にくいんです。分割照射はマスクでの固定で大丈夫です。
田原 星が散ったようにたくさん脳転移が出る場合がありますよね。
幡野 その場合は、ガンマナイフでは無理ですし、IMRTも適しません。ふつうの放射線を脳全体にかける全脳照射が適しています。原発性の脳腫瘍は、脳転移と違って形が不定形ですので、こちらにはIMRTの治療が適しているんです。
*漏斗胸=胸骨の下の方の剣状突起と呼ばれる軟骨が後方にあり、胸の下の部分が窪んだ状態の胸のこと
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