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シリーズ対談 田原節子のもっと聞きたい ゲスト・青木正美さん 大いに語り合った医師と患者がよい関係を築く秘訣
「みなしご」の傷を、2人で育てた6カ月

田原「大変な傷でしたけど、不思議と痛みは
ありませんでした。傷を治しているときは、
がんなんて忘れていたんですよ」
青木「痛みがなかったことは、
本当に神様のお恵みのような幸運でしたね」
田原 その日から、毎日、クリニックにお出かけになる前と、帰ってきてからと1日2回来てくださった。私には家から一歩も出るなとおっしゃって。
青木 感染が怖かったんです。がんの方が、がんそのもので亡くなることはむしろ少なくて、感染か出血かで亡くなる。節子さんの傷も、下手をして感染を起こせば、1日か2日で抗生物質も効かずに亡くなってしまうかもしれなかったんです。
田原 私は肌が弱くて、合う絆創膏がない。それを探してきてくださるところから。ご専門外のことは他のお知り合いのドクターとご相談くださって、薬も替えて。それと、あるときから、戦争で傷ついた傷病兵がシャワーで傷口を消毒するということを教えてくださった。
青木 すごく原始的な傷の治し方ですが、たとえば地雷で脚を失った子供とか兵士が、丁寧な消毒もできない、栄養状態も悪い環境で、でもきれいにまるく傷口がふさがるんです。何も消毒薬などがない場合に、きれいな温水で傷口をどんどん洗って組織を刺激すると、肉芽といって組織の芽になるものが出てくるということを、ある外科のドクターから聞きました。私の父も医者ですが、その世代の人は皆知っていることだったんです。
田原 人間の治癒力の見事さが、かつての医療の中にはあったということですね。
青木 方法は知っていたけれども、それがどのように節子さんに適応になるかわからなかったんですが、あるとき、シャワーでお湯がかかってしまったということから、ではやってみましょうかと。
田原 最初はおっかなびっくりでしたが、シャワーを胸にビャーっと本当に強く当てて。それが一番効果的だったんですね。4月から始まって、7月になって青木さんの夏休みになっても良くなる見通しがない。でも、何より私がとても元気でした。
青木 そのうちに、私のクリニックに歩いていらっしゃるようになったんです。
田原 暑い夏が過ぎて、ある日、蚊に刺されたような、1ミリないような肉芽が、穴のまんまん中にぽっこり!
青木 嬉しかったですねぇ!
田原 もう、青木さんに抱きついちゃってね。ああ、肉が上がってきた! って。それが10月。
青木 節��さんがご本にお書きになっていましたが、まるで2人で「めずらしい植物を育てているような」気持ちでしたね。
田原 それから、どんどん傷の中が三角形に絞るような形で盛り上がってきて。見るたびに青木さんが「いい子だねぇ、よく育っているねぇ、今日はごきげんだねぇ」って傷に声をかけてくださるんです。
青木 血液の循環もよくて、本当に傷口が笑っていたりするんですよ。
田原 次の年の3月には傷が全部ふさがったんです。そうしたら面白いことに、胸に移植したおなかの筋肉が、乳房のように膨れ上がってきたんです。今度はその筋肉のところに「いい子だねぇ、おっぱいと間違えているよ」って(笑)。
青木 本当に不思議でした。順応性があるものなんですね。
泣いてかき口説かれたら医者は見捨てない
田原 本当にそれまで、夏休みも土日も、年末年始もなく、毎日青木さんは傷の手当てに通ってくださった。どうしてそんなに一生懸命してくださるのか、とても不思議で、何度もお聞きしました。面倒をみる親がいなくなって、みなしごになった傷が呼んだというか、捕まえちゃったんですね。そしてみなしご傷のお母さんになって「いい子」に育ててくださった。
青木 見ちゃったので引き返せなくなっちゃったんですよ。ご近所だったし(笑)。奇妙に思われるかもしれないけれど、それが節子さんとの間ではとても自然なことでした。
田原 でも、お休みも全部返上でしょ?
青木 自分の実の親でも、あんなに頻繁に会わなかったですね。でも、やはり人間同士の信頼関係だと思うんです。
田原 逃げないんです。しっかり抱え込んでくださる。
青木 患者さんが困って、私に「なんとかしてちょうだいよ」と言われたときにはまず断れない。そのことが、自分が唯一医者として、素質があるかな、と思うことなんです。患者さんにとって医者は、生きていくための「道具」です。道具に対して全幅の信頼を置いてくださるから、それに応える。
田原 私は、迷子になっているがん患者仲間に「信頼できるドクターに、なりふりかまわず泣いてすがってかき口説け」って言うんです。医者という職業を選んだ方は、泣いてかき口説く患者を絶対に見捨てないよと。その代わり、なぜ自分が泣いてすがっているかを自分で説明できなければならないけれど、もしそれができなくても、エネルギーを全部使って口説けと。
青木 それは正しいんです。もしそれで口説かれない医者なら、ある意味医者としての適性がない。泣いて口説くというのは「あなたのことを信頼したよ」と言われたということで、そうしたらその人のためにあらゆることができるというのが医者だと思っています。
医者と患者が付き合う極意は「ごく普通の人間関係」
田原 そういう気質を持ったドクターをみつけることも、患者の腕じゃないかと思うんです。
青木 腕じゃなくて、医者を、そういうふうに信頼してくださるかどうか、なんですよね。「あ、この人の信頼に応えなきゃ」って思わせるには、患者さんも努力をしなければいけないんです。
田原 その努力が、とっても大切だと思う。私は青木さんと出会って、ドクターと付き合う極意を初めて知ったんです。私は、人生の一番大切な場面で、ドクターとの信頼関係を築くことに失敗したから、そのことに傷ついて、とても不安でした。だから、医者と患者の間で、ごく普通の人間関係が作れるのだということがとても貴重でした。
青木 そのごく普通の人間関係を作るためには、お互いを知り合うための時間が、本当は必要ですよね。それなのに今の外来の制度が邪魔をしていると思うんです。
田原 ありがたいことに、私はその時間をとることができて、毎日1ミリずつ、お話が深まっていった。「青木さんとは病気の話だけじゃなくて、いろいろな話ができるから」って言ったら、「いや、本当に痛いときは、痛い話しかしませんよ」っておっしゃった(笑)。
青木 最初は、患者さんも肉体的、精神的にダウンしていらっしゃるし、私も忙しいしで話はかみ合わないものなんです。症状が良くなってくると、いろいろなことをお話しはじめるんですよ。そこからは、人間同士がどうやって仲良くなるかという、友達や家族といった関係で使う普通のテクニックが医者と患者の間でも成立すると思うんです。
田原 その普通の人間関係を、患者は、まず作れないと思っているんですね。
青木 私が一番邪魔だと思っているのが制度です。たくさんの患者さんを診なければペイできない。いわゆる再診料はとても安いです。たくさん患者さんとお話することでペイできる医療ができれば、ずいぶん違います。
田原 1人のドクターが、3倍の時間をかけてくだされば、患者は他へ行く必要がないわけで、それだけ成果が上がるわけです。かけた時間の分だけ、良くなっていくはずなのに、それができないから、患者は満足しない。制度の不備ですね。
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