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特別対談・鈴木 寛(文部科学副大臣)×樋野興夫(順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授) 東日本大震災・原発事故を乗り越え、人類に貢献する日本をつくるために

撮影:板橋雄一
発行:2011年9月
更新:2013年9月

がん細胞を消滅させる正常細胞をつくる教育を

樋野  みんな脇を締めすぎている面があります。そうではなく、ある意味、みんな「脇を甘くし、つけいる隙を与え、懐の深さを示して、感動を与える」ようにしなければならない。

動機が善かどうか、私はやはり、「他人の必要性に共感」しているかどうか、ということだと思います。がんの治療においても、最新の分子標的薬とか、遺伝子の調節といったことについて語ることのできる人はいます。しかし、「がん細胞について語れる人」が少ない。

がんは正常細胞とがん細胞のセレクションによって大きくなります。正常細胞が立派だったら、がん細胞が少しぐらいいたって、大したことではない。周りの正常細胞が立派であれば、がん細胞は自然消滅します。

がんの50パーセントは治ります。あとの50パーセントは再発・転移し、慢性化します。そういうがんを治すには、自分の不良息子をいかに立ち直らせるかと同じで、がん細胞を良性化させるようにすることです。たとえば肝臓がんでも、肝細胞が本来の役割を果たすようにすれば、がん細胞はおとなしくなるのです。ですから、がん細胞のiPS化とか、がん細胞のリハビリテーションを行うといった発想が必要です。

人間社会でも、周りが立派な人たちばかりだと、少々変な人が1人ぐらいいても、うまくやっていけるんです(笑)。昔の小・中学校がそうでした。悪い生徒がいても、周りの先生や生徒が立派だったから、悪い生徒もやがておとなしくなった。教育というものは、そういう悪い部分を自然に改心させる人材を育成するという役割を担っています。がん細胞を自然消滅させる正常細胞を養成するのが教育である、というのが「がん哲学」的な考え方です。

鈴木  私はここ10年、ライフワークの1つとして、コミュニティースクールを提言し、推進してきました。今や全国で789校の公立校がコミュニティースクールとなっています。学校に先生と生徒がいるのは当たり前ですが、そこに保護者、子育てを終えた地域の人、学生など、あらゆる人たちが学校づくりに参加するスタイルの学校です。つまり、学校を取り巻くタテ・ヨコ・ナナメの重層的な絆を張り巡らし、それで学校を包みこんでいくという考え方です。

教育制度では教育は良くなりません。それよりそれぞれの教育現場に、どういう教育環境、学習・発達・発育環境をつくっていくかが重要です。制度はメカニズムであり、マシーンです。そこに生身の人間を当てはめようとしても、良くなるはずはありません。

上意下達の社会から自発性重視の社会���

樋野  環境というのは、われわれの言葉では「形成的刺激」と言います。がんは刺激によって起こる。外からの刺激によって、内なる分子が反応し、それが核に伝わって、細胞が分裂する。その細胞分裂によって、がんは起きる。これが「形成的刺激」です。逆に言えば、がん細胞に外から刺激を与えて、がんが消滅することもある。つまり、「悪い刺激」と「良い刺激」がある。

鈴木  私の弟子が、難しい高校生をもう1度スイッチ・オンするために、「カタリバ()」ということをやっています。生徒指導のプロがお手上げになった高校に、大学生を100人単位で送り込んで高校生たちと語り合う。まさに「良い刺激」を与えるということです。

樋野  言葉、人格との出会いによって触発された扇の要が、20~30年後に向けて末広がりに開いていくんですよ。教育だけでなく、日本を立て直していく上で、「良い刺激とは何か」をよく考えていくことが大切です。

鈴木  私が今回の大震災で痛感したのは、霞ヶ関をはじめ日本社会が、いかに上意下達の指示文化を徹底して押し付けてきたか、ということです。復興の過程では、本来人間やコミュニティーが持つ自発性、創発性を、日本社会にもう1度、スイッチ・オンし直す必要があると思います。

カタリバ=高校生が自分を見つめるきっかけを作る授業を提供するNPO 法人の名称

悲劇を繰り返さないために

構想を語り合う樋野さんと鈴木文科副大臣

「21世紀の知的協力委員会」と「国際環境発がん研究センター」設立の構想を語り合う樋野さん(左)と鈴木文科副大臣

樋野  新渡戸稲造は、人生の目的は品性の完成にあり、という生き方をした人で、人類のためにより良いものを残したいと思って、「知的協力委員会」を創設し、アインシュタインやキュリー夫人にも入ってもらった。私は、日本が「21世紀の知的協力委員会」のようなものを提唱してつくるべきだと思います。

鈴木  その足がかりが東北の創造的復興だと思います。そこで編み出された知恵、方法、国際的な人的交流が、アジアから世界へつながっていくはずです。

結局、問われているのは、人間の幸せとは何かです。たしかに、日本は世界でいちばん停電しない国で、最高の品質の電力を大量に供給できるシステムを作り上げた。しかし、そのことが今回の悲劇につながった。つまり、大量エネルギー消費、大量生産、大量廃棄という文明そのものが問われている。

樋野  今、「国際環境発がん研究センター」を構想しています。将来、世界のどこかで、何かの環境因子によって、現在の福島のような状況が起こるかもしれない。そのとき新渡戸稲造の精神で、国を超えて支援するために、今から準備をする。

鈴木  がんは人間と環境との対話がないことから起きることを、哲学的に説き起こし、国際社会と協力しながら、将来の危機回避や危機対応に備える態勢や人材を、じっくりと創っていくというのは、素晴らしい構想です。

(構成/江口敏)


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