ハリでしびれや痛みが軽減する!? ハリ治療で乗り切る! 抗がん剤による末梢神経障害

監修:福田文彦 大阪大学大学院生体機能補完医学講座特任研究員
明治国際医療大学鍼灸学部准教授
取材:増山育子
発行:2009年8月
更新:2013年4月

ハリ治療の基礎研究

さらにしびれの起こるメカニズムや鍼灸刺激の作用機序など基礎研究での成果もこの試験を後押しした。

動物実験ではハリをすると神経に栄養を送っている血流が増えることや、大腿動脈を縛った状態を作ってそこにハリをすると筋肉内の毛細血管が増えることなどが報告されている。

「そういったことから化学療法で神経障害を起こした神経もハリをすることで血流の増加、神経や周りの血管の再生促進、壊れた神経自身の再生を早めるのではないかと考えられます。鍼灸治療は完全に切断されたものを元通りにできませんが、末梢神経障害は投与終了後1年もすれば元に戻る方が多い。ということは抗がん剤によって神経が一時的に障害されるけれど、自然治癒力で元に戻る可能性があるということです」

ハリがしびれに有効

では、大阪大学で行われた臨床試験の詳細を見てみよう。

試験の対象者は化学療法によってしびれや痛みなどの末梢神経障害を発症した患者で、がんの種類や使用薬剤、化学療法中か終了後かを問わず大阪大学病院の補完医療外来に紹介または受診された方。対象となった患者24名のうち19名が試験を終了した(内訳は乳がん11名、そのほかは子宮がん、卵巣がん、大腸がん)。患者が使っていた抗がん剤はタキソール(一般名パクリタキセル)、ブリプラチンまたはランダ(シスプラチン)、パラプラチン(カルボプラチン)、エルプラット(オキサリプラチン)などだ。

治療方法は膝から下にある陽陵泉、懸鐘、三陰交というツボにハリを置き、2Hz(ヘルツ)という低頻度の周波数で10分間電気を流す。同時に足背の親指の付け根あたりにある太衝というツボはハリをさすのみで通電しない。これを週1回6週間行い、主観的および客観的な評価を行った。

[末梢神経障害を発症した患者へのハリ治療]
図:末梢神経障害を発症した患者へのハリ治療
[臨床試験のプロトコール(実施計画)]
図:臨床試験のプロトコール(実施計画)

ツボにハリをさし、2ヘルツの電気を流す���これを週1日、6週間行い、主観的評価(VAS、症状評価票)および客観的評価(タッチテスト、行動量)を行った

その結果、主観的な評価では、痛みやしびれの程度を10センチのスケールであらわすVASという評価方法によって、日時の経過とともに自覚症状が軽減されることが明らかになった。

[ハリ治療の主観的な評価―VAS経時的変化―]
図:ハリ治療の主観的な評価―VAS経時的変化―

ハリ治療をするにつれて、痛みやしびれの程度をあらわすVASの値が徐々に減少しているのがわかる

「VASではハリをする直前よりも直後で有意に軽減し、時間がたつとある程度症状は戻りますが、次の治療後にさらに軽減することが観察されました。即効性はないものの続けていくと3~4回目くらいから効果が出てくるようで、これは普通の鍼灸治療で行う肩こりや腰痛などの慢性痛のパターンと類似しています」

また客観的評価では万歩計を用いて歩数と活動量を測定した。すると試験開始直後と比べて終了時では約2000歩増加。この変化はしびれが楽になって歩きやすくなり、行動が活発になったものだと考えられる。

[ハリ治療の客観的な評価―行動量測定(加速度計測装置付歩数計)―]
図:ハリ治療の客観的な評価―行動量測定(加速度計測装置付歩数計)―

試験開始直後と比べて試験終了時では、歩数および活動量が増加。しびれが和らぎ、行動が活発になったことがうかがえる

さらにタッチテスト(感覚閾値測定:6段階の太さの異なるフィラメントを皮膚に押し当て、どれで刺激を感じるかを調べる)を足の甲と足の裏で行うと、異常値を示していた人が正常に近づくなどの改善が見られた。ただし、化学療法を継続している患者さんでは、悪化している人もいたという。

安全性については有害な副作用が起こるケースはなく、ハリが当たる部分の違和感や、治療後の疲労感・倦怠感などが見られたがいずれも一過性で軽度なものであった。

一方、足の冷えが改善されて身体が温まる、食欲が出る、便通が良くなる、睡眠障害が改善されるといった効果を多くの患者が自覚したという。

どこの鍼灸院でもいい?

福田さんは「今回の試験は安全性を確認するものなので、今後どんな患者さんに効果が高いか、どんなハリ治療の方法が効果が高いのかなどの有効条件を検討していく必要があります」と話す。

「今回の薬剤の多くはタキサン系で、白金系の薬のデータが少ない。ほかの薬剤や漢方薬などとの効き目の違いはどうか。通電の最適な周波数は? ほかのツボではどうなのか、施術回数はどのくらいがいいのか、さらに予防効果はあるのかなど、引き続き調べていく必要が多々あります」

数値的には現れにくいが、試験を受けた患者さんの鍼灸治療への満足度は高いというのが福田さんの印象だ。

「臨床試験は6回で終了ですが、多くの方がこの治療を引き続き受けたいと希望し、受けられる鍼灸院を紹介してほしいとおっしゃいます」

福田さんにとっては、そこは悩みどころで、信頼して紹介できる鍼灸師を確保するのが難しいという。

「ツボにハリを刺し、低周波の電気を流すだけならどこの鍼灸院でもできます。ただ、鍼灸師の教育や卒業教育の環境を考えると、全ての鍼灸師が患者さんが抱えている病苦や体調、がんの治療や副作用についてきちんと理解した上で、医師と連携しながら治療を行えるわけではありません」と福田さん。

なお、現在、がん患者に対して鍼灸治療が行われているのは、国立がん研究センター中央病院、東大病院、埼玉医科大学病院などの医療機関があげられる。

重い副作用がない上、手足のしびれや痛みが軽減されるというハリ治療。末梢神経障害で悩んでいる患者さんにとっては、ぜひ受けてみる価値がある治療と言えるだろう。

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