あるがままの自分を受け入れることができる力。 それがQOLの向上、疼痛の軽減をもたらす 音楽はがん患者の不安や恐れを癒やす!?

取材・文:常蔭純一
発行:2009年8月
更新:2019年7月

音楽に親しみ、生きる力を高める
監修:堀川千絵 洗足学園音楽大学/大学院 音楽療法コース講師

心の交流を促す働きも

堀川千絵さん

洗足学園音楽大学 音楽療法コース講師の堀川千絵さん

米国の有力な医療機関では、すでに音楽療法を心のケアの治療プログラムに組み入れている。

洗足学園音楽大学講師の堀川千絵さんは米国有数のがん治療機関、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターで約2年間、音楽療法士としてがん患者のケアに取り組んできた。

そうした活動を通して堀川さんは音楽に患者の心を癒やし、家族との心の交流を深める力があることを実感したという。

当時83歳だったある男性がん患者Dさんは、長期入院を続けており、週に1度のペースで堀川さんのセッションを受けていた。病床には必ず奥さんが付き添っていたものの、セッションには関心を示さず、テレビを見ており、夫とはほとんど目を合わせることもなかった。

そこであるとき、堀川さんは奥さんに歌曲リストを手渡し、リクエストをお願いした。すると奥さんは「The Wind Beneath My Wings(私の翼を支える風)」という曲を選んでくれた。堀川さんがギターによる弾き語りを終え、感想をたずねると「その歌は彼だわ」と答え、さらに「You are my sunshine(私の太陽)」を続けてリクエストしたという。そして、堀川さんがこの曲を歌い始めると、奥さんは病室内のバスルームに駆け込み泣き崩れたという。

写真:ベスアブラハムヘルスサービス

米国ニューヨーク州の医療施設、ベスアブラハムヘルスサービス。音楽療法ルームがあり、必要に応じて、ベッドサイドでのセッションも行う

歌い終えた堀川さんが今度はDさんにリクエストを求めると、それまでは「あなた(堀川)の好きな曲を演奏して欲しい」としかいわなかったのが、「I’ve been working on the railroad(線路は続くよどこまでも)」をリクエストした。Dさんが歌曲をリクエストしたのは、後にも先にもこの1回きりだった。そうして堀川さんがリクエストに応えて歌い始めると、バスルームから戻った奥さんがDさんの傍らに腰掛けてその歌に聴きいっていた。堀川さんが「私たちは3つの歌曲を共有しましたね」と、語りかけると初めて奥さんはDさんと目を合わせ、微笑み、うなずきあったという。

「なぜDさんがこの曲をリクエストしたかはわかりません。���だ、彼らが選んだ3曲それぞれの歌詞に注意深く注目すると多くのメッセージを含んでいることがわかります。リクエストされた歌曲は彼らが必要としているメッセージや音、雰囲気などが込められているのでしょう。このセッションで2人の関係に何か大きな変化があったことは間違いありません」 堀川さんは音楽療法について次のように話す。

「必ず患者さんには『健康な部分』があります。音楽はそこに働きかけ、引き上げてポジティブな方向へ導く力があると思います(音楽を聴いたことによって少し眠れた、お腹がすいた、病気のことを忘れていられた、など)。音楽にはがんに限らず、患者さんの健全な部分を拡大する力があるように思います。音楽に親しむことで前向きに生きる力が高められていくのです」

日々の暮らしの中で、私たちは何の気なく音楽に接し続けている。がんとうまく闘うために、そこに秘められている力をもう1度、見直してみたい――。

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