肝がんや膵がんで効果が現れたというが、まだ試験段階 温熱・免疫療法の併用は標準治療の効果を高めるか

監修:吉川敏一 京都府立医科大学消化器内科学教授
取材・文:祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2010年11月
更新:2019年7月

抗腫瘍効果の高い未熟なリンパ球

このように、温熱療法は単に血流をよくするだけではなく、さまざまな仕組みで抗がん剤の作用を増強することがわかってきました。

その中で、「温熱療法が免疫にも作用して効果をあげているのならば、本元である免疫療法を併用すれば、より効果が増強されるのではないか」(吉川さん)という考えが生まれました。

そこで、准教授の古倉聡さんを中心に始まったのが、免疫療法の併用です。

免疫療法にも、がんワクチンのようにがんの目印(抗原)を体内に入れて体の中でがんに対する免疫を活性化させる方法と、がんを攻撃するリンパ球を体外で活性・増殖して体に戻す方法があります。吉川さんたちは、その両方を行っています。

吉川さんによると「自家がんワクチン療法は、がん細胞の量が多すぎると多勢に無勢で勝ち戦は難しいので、がんを手術でとったあとの再発や転移の予防に向く治療です。抗がん剤と併用して効果があるのは、免疫細胞療法」だといいます。

免疫細胞療法にも、免疫担当のTリンパ球全体を活性化する活性化Tリンパ球療法(CD3-LAK)、がんの組織に浸潤したリンパ球を活性・増殖させるTIL療法など、いくつもの方法があります。ただし、その全てが成熟したリンパ球を用いた治療法でした。

「私たちは、2004年から延べ8000回以上免疫細胞療法を行ってきたのですが、2005年にナイーブT細胞のほうがはるかに効果が高いことがわかりました」

ナイーブT細胞は、まだ生まれたてのT細胞で、1度も抗原と出合っていない無垢な細胞です。これが、樹状細胞から攻撃目標(抗原)を教えられると、成熟して1人前のT細胞としてがんを攻撃するようになるのです。

常識的に考えれば、1人前に成熟したT細胞のほうが、がんに対する攻撃力も強いように思います。実際に、試験管内の実験では、成熟した細胞のほうが効果は高いのです。

ところが、動物に移植したがん細胞に対する効果をみると、明らかに未熟な細胞のほうが、効果が高いのです。

これは、(1)生まれたての未熟な細胞なので体内でも長期生存が可能、(2)ナイーブT細胞はリンパ節に集まりやすい性質があるので、ここで樹状細胞と出合い、が��の目印(抗原)を覚えるチャンスが多い、(3)増殖能力が高く、抗原提示を受けると爆発的に増殖する、といった理由が考えられています。

ところが、肝心のナイーブT細胞を体外で増やす手段がなかったため、効果があることはわかっていながら免疫細胞療法には応用できなかったのです。

[未熟なT細胞の生体内での抗腫瘍効果]
図:未熟なT細胞の生体内での抗腫瘍効果
生体内での抗腫瘍効果は、成熟なT細胞よりも未熟なT細胞のほうが高い

ナイーブT細胞で約7割に効果

ところが、偶然の機会にその方法が見つかったのです。

学会で、あるバイオ関連企業がリンパ球を培養するレトロネクチンという試薬の発表を行いました。その内容をよく吟味してみると、増えているのは探し求めていたナイーブT細胞だったのです。

そこで、ただちに共同研究体制が組まれ、臨床研究が行われました。対象としたのは、標準治療が終わり、がんは残存しているけれどもう治療手段がなくなった消化器がんと肺がんの患者さん9人です。

うち6人は、TS-1(一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム)という飲み薬の抗がん剤だけを続けていますが、これでがんを治すことは不可能です。

この人たちに計6回、血液から採取した単核球(白血球の1種)をもとに、レトロネクチンという試薬で培養したナイーブT細胞を注入。その結果を治療終了後3カ月に渡って追跡調査しました。

すると、画像診断でがんが消えた人が1人、縮小した人が1人、そのまま増大しなかった人が4人で、がんの病勢をコントロールできた人の割合は、66.6パーセントと、非常に高い効果が得られたのです。

[ナイーブT細胞による免疫細胞療法の効果(腫瘍縮小)]

症例 性別 年齢 がん種 奏効率
Aさん 51 結腸がん 不変
Bさん 61 膵がん 不変
Cさん 60 胃がん 進行
Dさん 71 直腸がん 完全寛解
Eさん 61 総胆管がん 不変
Fさん 75 肺がん 不変
Gさん 48 肝がん 進行
Hさん 43 肝内胆管がん 部分寛解
Iさん 53 直腸がん 進行

免疫細胞療法が効いた1例

奇跡的といえる効果があったのは、直腸がんが局所再発していたTさんです。

Tさんは、直腸がんで肺転移があり、両方手術で切除したのですが、直腸で切除した部分に再発。標準治療では小さくならず余命数カ月と言われていました。抗がん剤が効かないということは、どこにがんが出てきてもおかしくないということです。

ところが、ナイーブT細胞による免疫細胞療法を行った結果、CTによる画像診断では、がんが消えてしまったのです。

以来、1年が経ちますが再発の兆候はないといいます。

この症例について吉川さんは「1つには、免疫細胞療法を行った時点で、がんは切除されており、再発したがんも小さく、がんのボリュームが少なかったことが有利に作用したのではないか」と、推測しています。

免疫療法による副作用は、ほとんどありませんでした。そこで、次には肝がんをラジオ波焼灼療法で治療後、ナイーブT細胞による免疫細胞療法を行い、その再発予防効果をみる臨床試験がスタートしています。

温熱+免疫療法を取り入れて!

再発予防という点では、自家がんワクチンによって肝がんの再発率が81パーセントも抑えられるというデータも報告されています。

肝がんは、慢性肝炎や肝硬変がベースにあることが多く、再発を繰り返す人が大半です。吉川さんの患者さんにも、何度も繰り返していた再発が、自家がんワクチクンの投与で全く再発しなくなった人がいます。

こうしたデータから吉川さんは「標準治療と温熱療法でがんをできるだけ減らし、仕上げに免疫療法を行うのが、これからの固形がんの治療戦略です。がんの集学的治療の一貫として温熱療法と免疫療法をぜひ患者さんのために活用して欲しい」と語っています。

ちなみに、温熱療法は健康保険がききますが、免疫療法は自費負担になるので、1回15~30万円ほどかかります。ナイーブT細胞による免疫療法は、これを6回繰り返して1コースになります。

[固形がんの治療戦略]
図:固形がんの治療戦略
手術、抗がん剤、放射線治療で可能な限り、がん細胞を減らしておいてから、仕上げは免疫療法で
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