これだけは知っておきたいがん温熱療法の基礎知識 放射線や抗がん剤との併用で効果。何より副作用がないのが利点

文:菅原努 京都大学名誉教授・国立病院機構京都医療センター名誉院長
発行:2006年9月
更新:2013年4月

熱い風呂程度の温熱が、がん細胞を殺す

[温熱処理を施した影響]
写真:温熱処理を施した影響

正常細胞とがん細胞を混合培養したのを43℃に上げて2時間処理したところ、がん細胞が死滅しているのが見られる。上が温度を上げる前、下が温度を上げた後(「環境と健康」(共和書院)Vol.19 No.1 渡邊正己より)

さらに最近は、がん細胞そのものが温熱に弱い性質をもっていることもわかりました。

がん細胞は外から熱を加えたとき、酸素不足によりエネルギーを生み出す代謝が変わり、乳酸が発生するため、組織が酸性に傾いています。そして、細胞は酸性になると、熱に弱くなるのです。

正常な組織を離れて勝手に増殖するがん細胞が、まわりの細胞の影響を受けない「一匹狼」であることも、温熱効果が上がる理由と思われます。正常細胞は組織の中で密接につながっており、連絡も密に行っています。そうした状態においては、単独の細胞なら死んでしまう43度という温度にさらされても、細胞や組織が死ぬことはありません。が、がん細胞は見かけ上はかたまりを作っていても、実際には単独細胞の集まりなので、熱が加わるとどんどん死んでしまうのです。

もうひとつ、がん細胞は分裂機構が不安定で、異常な細胞分裂を起こしやすくなっています。これは正常な細胞分裂に必要な中心体が不安定なためですが、がん細胞の中心体は熱に弱く、温熱を加えられると異常分裂を起こしやすくなります。

結果として、がん細胞は生き延びられずに死滅してしまうのです。

副作用がなく、痛みや苦しみがない

[種々の加温方法による温度分布の比較]
図:種々の加温方法による温度分布の比較
人体模型(寒天ファントーム)を使って加温した場合

このように、放射線や抗がん剤の補助療法として、また、それ自身が腫瘍を抑える効果をもつということで、がん温熱療法は研究・開発されてきました。

私自身、この療法は大きな可能性を秘めていると考えています。そのポイントのひとつは、副作用がないことです。何しろ、熱い風呂程度の温度です。それ自体に副作用がな���だけでなく、患者さんに痛みや苦しみを与えることもほとんどありません。

ですから、私としては、たとえば抗がん剤を受けているすべての患者さんに、補助療法として行っていただければ、と願っています。最近ではそのためには40~41度でも有効と考えられ、これならば加温も容易で薬が効果的に効くため投与量が減り、薬の副作用が抑えられる上、後で述べるように、がん温熱療法は心身状態をよく保ち、免疫力をアップさせる働きがあります。そして、療法そのものに副作用がないのです。

なお、これ以外にも温熱療法と呼ばれる療法は色々あり、そうした中には、痛みや苦しみをともなう療法もあります。それらと区別するため、初めにも書いたように私たちが行っているがん温熱療法を、ハイパーサーミアという欧米名で呼ぶようにしたわけです。

熱に対抗して生じる熱ショックタンパク質

また、副作用がないといいましたが、問題はひとつあります。温熱に慣れて効かなくなる、熱耐性です。

生体をつくっているタンパク質は、40度以上の熱を与えられると変成します。それなのに、私たちが40度以上のお風呂に入っても平気なのはなぜでしょうか。

通常生活している温度や体温より数度高い温度にさらされると、生体はこれに対抗するタンパク質を作り出します。これは熱ショックタンパク質と呼ばれますが、免疫やDNAの修復能などと並び、生体防護系のひとつと考えられています。

温度の変化に耐える優れた機構ですが、がん治療の場合、これががん細胞にできると温熱療法が効かなくなってしまいます。3日以上間をあけ、産生されたタンパク質が消えるのを待つ、などの方法が模索されてきたのも、温熱療法のこの障害のためでした。

この熱耐性には今も治療に際して注意が必要ですが、一方、熱ショックタンパク質に関する研究も進み、さらに多くのことがわかってきました。

生物はすべて環境などから来るストレスを受けて生きていますが、実は生物は熱ではなくストレスを与えられることでも、少量の熱ショックタンパク質を出します。そのため、最近では熱もストレスのひとつと考えられ、熱ショックタンパク質は「ストレスタンパク質」と呼ばれるようになってきました。

つまり、熱ショックタンパク質は、あらゆるストレスに対抗するための生体防御反応であり、これが働かなくなると生き物は生きられないほど、重要なものなのです。

痩せ型で健康状態良好なら1500Wの加温も可能

では、がん温熱療法はどんながんに、どんなふうに効果があるのでしょうか。実をいうと、エビデンス(根拠)はそんなに多くありません。ひとつは、体内のある場所を、求める温度(たとえば43度)に温めることがむずかしいためです。また、求める温度に温まったか、客観的に確認ができないという難点もあります。

それでも、無作為臨床試験で有効性が示された事例は、次第に積み重なってきています。また、熱心に取り組んでいる医師たちからも、興味深いご報告をいただいています。そうした中から、いくつか取り上げてみましょう。

産業医科大学放射線科助教授の今田肇さんは、肺がんを中心に高出力の放射線併用温熱療法で、優秀な成績を上げています。それまでの常識では、痩せ型の人は1000ワットまで出力をあげることができるが、太って脂肪の多い人は、800ワットくらいが限界ということでした。今田さんは1500ワット以上という、サーモトロンの限界に挑戦する治療を、たとえば痩せ型の肺がん患者さんに対して行い、良好な成果を上げています。

基本は温熱療法単独ではなく、放射線治療との併用。これによって効果が見られたが腫瘍が残ったような患者さんに対し、単独で温熱療法を1~2カ月追加すると、非常に有効とのことでした。

今後の方向性としては、抗がん剤との併用に可能性を感じているとのこと。放射線との組み合わせは効果が得られるが、体型や全身状態によって適用が限られてしまいます。その点、抗がん剤との組み合わせは、抗がん剤治療を行うすべての患者さんが対象になるというのです。とくに第1選択の抗がん剤をはじめて投与する患者さんに温熱療法を追加すれば、効果は最大に発揮されるだろう、とのことでした。


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