これだけは知っておきたいがん温熱療法の基礎知識 放射線や抗がん剤との併用で効果。何より副作用がないのが利点

文:菅原努 京都大学名誉教授・国立病院機構京都医療センター名誉院長
発行:2006年9月
更新:2013年4月

進行した乳がんや肺がんの症状が改善した

[併用療法別の患者数と加温回数]
図:併用療法別の患者数と加温回数

さまざまな部位のがんの患者さんを積極的に受け入れているのは、岡山県岡山市の岡村一心堂病院です。ここで特筆すべきなのは、熱耐性にこだわらず、頻回に行ったほうがいいという学会発表をされていることです。同病院では、2001年6月から2002年5月までに治療した80例について分析したところ、いくらかでも効果が見られたのは週1~2回の群で33~40パーセントなのに対し、3~5回の群では64~70パーセントとの結果が得られました。とくに週5回群の治療成績は、明らかに良好だったそうです。

また、同じ症例で検討したところ、がんが完全に消失した患者さんの平均出力は1350ワット、50パーセント以上の縮小で1220ワット、変化の見られなかった患者さんの平均出力は1050ワットであり、腫瘍の縮小を期待するには、1220~1500ワットの出力が必要と結論づけています。

抗がん剤との併用を積極的に行っているのも同病院の特徴です。たとえば、65歳の非小細胞肺がんの男性は、別な病院で肺の手術を受けました。

が、脳転移のガンマーナイフ治療を行うために同病院に入院し、治療そのものは成功したものの、肺がんの再発と肝臓・副腎に転移が見つかりました。そこで、まず肺がんに温熱療法と抗がん剤イリノテカンを併用しましたが、効果が見られませんでした。

ところが、併用抗がん剤をイレッサに切り替えると、まず肺の病巣が消失。同じく肝臓、続いて片方の副腎に同様の療法を行ったところ、どちらも病巣が消失。私が話をうかがった当時は、最後の副腎に療法を行おうとしているところでした。

1回の加温で樹状細胞がいちじるしく増えた!

こうした報告とともに、最近目立ってきたのが、まったく違う効果に関する報告です。たとえば、貝塚市の尚生会西出病院では、温熱療法を行った患者さんのほとんどは、他医院での治療後に再発した末期がん患者でしたが、完全に追跡できた症例を見てみると、腫瘍の消失、縮小、延命、疼痛緩和などが約30パーセント見られました。さらに、インフルエンザのはやった年にも、この療法を行った患者さんは1人もかからなかったといいます。

同病院には和歌山医科大学内科教授の湯川進さん(当時)が、肝細胞がんの患者さんの温熱療法を依頼していましたが、教授は治療を受けた患者さん全員で、C型肝炎ウイルスが減ったことに気づきます。これがきっかけとなり、正常人の肝臓を温める実験が、免疫の専門家などを加えて行われました。すると、たった1回の加温で、末梢血中の樹状細胞がいちじるしく増加したのです。

樹状細胞とは血中にいて、入り込んだ病原体をキャッチし、リンパ節に運ぶ細胞です。また、入り込んだ病原体を識別し、それが新型肺炎のようなRNAウイルスだとわかると、大量のインターフェロンを生産します。

と同時に、マクロファージという細胞がやってきて、病原体を食べてしまいます。さらに、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)がウイルス感染した細胞のところに集まり、細胞が自死するように働きかけます。こうした一連の仕組みを自然免疫と呼びます。

つまり、樹状細胞が増えたということは、自然免疫がアップしたことを表しますが、事実、がん温熱療法を行うとNK細胞も増えることがすでに確認されています。

「とにかく気持ちがいい」のが、がんの治療法としては画期的

写真:「サーモトロン-RF8」第1号機を記念した発表会の席で

「サーモトロン-RF8」第1号機を記念した発表会の席で

さらに、免疫にはもうひとつの系統があります。ウイルスなどが大量に作られ、体内にばらまかれたときに活躍する獲得免疫です。獲得されるのは、侵入したウイルスを中和する抗体ですが、これが作られる最初の工程にも樹状細胞はかかわっています。また、抗体ができるまでの一連の働きは、体温を上げることで活発になることがわかっています。インフルエンザなどに感染したとき、体が高熱を発するのもこのためです。

「体を温めると健康になる」とはよく言われますが、実際に私たち日本人は温泉などによって体を温めてきました。それが最近のこうした研究で裏付けられているわけです。

もちろん、体内の特定の場所を加温する温熱療法は、いわゆる温泉療法とは全然異なる医療行為ですが、体を温める効果は見過ごすことはできないと思います。

たとえば、治療現場で行われている温熱療法では、腫瘍に42~43度の熱を加えますが、実はその周囲が39~40度に温まることで免疫機能が高まるといわれています。

そのため、最近では症例により、はじめから39~40度に設定して加温する方法(マイルド・ハイパーサーミア)も行われるようになりました。この方法であれば、高出力のきびしい療法に耐えられない患者さんでも、何がしかの効果が得られる可能性があります。

がんにともなうさまざまな症状の緩和にも役立ちます。もともと、手立ての少ない末期がん患者さんに行われる機会の多い治療法でしたが、がんが小さくならなくても痛みや不快な症状が薄らぎ、「治療してもらっている」という心理的効果もあって、そのQOL維持には多大な効果を上げてきました。

私自身は、この療法を「気持ちがいい」と表現する患者さんが多いことにも、注目していただきたいと思います。がんの治療は一般に、苦しいことだらけです。

ところが、がん温熱療法は気持ちがいいと語る患者さんが多く、しかも、副作用が蓄積することがないから治療の回数にも制限がありません。

加温装置が高額であったり、なかなか採算が取れない保険点数を改善する必要があったり、広く普及するためのハードルは今なお色々あります。が、より多くの医師や医療施設で導入し、使い方に習熟していただきたいと、私としては願わずにはいられません。

(構成/半沢裕子)


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