海外におけるがん温熱療法の現況 子宮頸がんや乳がんで好成績。見直される温熱療法
米国デューク大学でも温熱療法の効果を確認

前出の米国デューク大学でも、進行乳がんに対する温熱療法の効果を確認している。今年7月、ジョーンズさんは東京大学付属病院放射線科と「市民のためのがん治療の会」共催の市民セミナーの招きで来日、温熱療法について講演し、同大学の研究内容を詳しく発表した。
乳がんについては、「進行期乳がん(3期、腫瘍の中央値は5センチ)に対する温熱療法併用の術前化学療法」と「乳房切除後の胸壁に対しては温熱療法併用の放射線治療」の2種類について試験を行っている。
ジョーンズさんはこう言う。
「進行乳がんの試験では乳房温存療法の可能性を探りました。乳房切除後の胸壁再発に対する試験では、がんを長期的にコントロールし、QOL(生活の質)の改善を目指しました」
「進行期乳がんに対する温熱療法併用の術前化学療法」では、患者44人(平均年齢50歳、27~75歳)のうち19人は試験前に手術不能と診断されていた(14人は炎症性タイプ)。残りの25人が温存療法を希望した。
そこで、術前の抗がん剤として、*エバセットとタキソール(一般名パクリタキセル)を4サイクルにわたって投与し、さらに、毎回、化学療法後、マイルド温熱療法(41~41.5度)を加えた。その結果、腫瘍が完全に消失した人は12人(27.3パーセント)、腫瘍が50パーセント以上消失した人は20人(45.4パーセント)、一方、反応しなかった人が12人(27.3パーセント)いた。病理学者が切除組織を顕微鏡で確認した結果も、まったく同じだった。
さらに、44人中8人は乳房温存療法が可能になった。残りの36人は手術で乳房を切除した。つまり、当初、腫瘍の切除ができないと言われていた人も、マイルド温熱療法によって手術が可能になった。(図3参照)
*エバセット=アントラサイクリン系の抗がん剤。ドキシルに似た薬
深さ3センチ以下のがんで好成績
さらに、同大学では、表在性のがん(深さが3センチ以下)治療の場合、放射線治療に温熱療法を加えたときの効果について、無作為臨床試験を行っている。結果は温熱療法を加えた群のほうが、はるかに成績がよかった。
この研究では、乳房切除後の再発で胸壁に浸潤(70人)、頭頸部がん(14人)、メラノーマ(11人)、その他(13人)の症例108人を、(1)放射線治療のみ(60~70グレイ)(2)放射線治療+温熱療法(43度、週2回、最多10回)の2群に分けて、その効果を比較している。放射線治療は外部照射だった。
試験では、前出のRTOGの研究結果のように腫瘍が温まらない人は、あらかじめテストして除いている(13人いた)。
その結果、腫瘍が完全に消失した症例は(1)は42.3パーセント、(2)は66.1パーセントと20以上も高くなった(図4参照)。
さらに、症例全体を「以前、放射線治療を受けたことがあった例」と「放射線治療を受けたことがなかった例」に分けて、それぞれ、温熱療法を加えたときの腫瘍消失率を比較したところ、とくに、「以前、放射線治療を受けたことがあった例」では、(1)は23.5パーセントだったが、(2)は68パーセントにはね上がった。
過去に放射線による照射歴がある場合、再び照射するときには線量を低くしなければならない。このため、2度目の照射では腫瘍消失の確率が下がる。が、温熱療法を加えることで、その治療成績の低下を補うことができる。

ハイリスク軟部肉腫でもASCOで無作為試験発表

このほかにも、2004年にASCO(米国臨床腫瘍学会)で、ドイツのリンドナー医師らのグループが「成人のハイリスク軟部肉腫(グレード2、3)」についての無作為化臨床試験の結果を発表している。
軟部肉腫とは、体の軟部組織(筋肉、血管、神経、脂肪組織など)にできるがん(「肉腫」という)で、グレード(悪性度)2、3の場合、転移のリスクが高い。手術で患部を切除する前後に化学療法(エトポシド、イホスファミド、ドキソルビシン)をするのが標準治療になっている。
リンドナー医師らのグループは、この方法で(1)抗腫瘍効果(CR+PR)、(2)局所における腫瘍の無進行率、(3)生存率について、研究を続けている。温熱療法の有効性を調べる第2相試験では、この治療に反応を示した人は明らかに生存期間が長かった(図5参照)。さらに第3相試験では、軟部肉腫がどこにできたか(手足とそれ以外の場所)に分けて試験をして奏効率をASCOで発表した。
日本の臨床現場の問題点

「BSD2000」による治療の様子
現在、日本では「サーモトロン-RF8」という装置を使っている施設が圧倒的に多い。これは国内で開発された温熱療法の治療装置だ。高周波で患部を温めることによって、がん細胞に対する放射線や抗がん剤の効果を高める。2次元的に温度をリアルタイムに予測しているが、実際の温度は細い温度計を腫瘍内に刺して測定している。
近年になってヨーロッパでは治療前に温度を予測し、3次元的にシミュレーションできる装置「BSD2000」を使っている。さらに、昨年のヨーロッパ温熱療法学会では、治療中、リアルタイムに温度測定することができ、病変部に熱を集中させる装置「IMCT(=Intensity Modulated Conformal Thermal Therapy)」が紹介された。
この違いのほかに、日本の臨床現場における問題点は多い。温熱療法が末期がん患者の治療法のように知られている点についても、桜井さんはこう言う。
「欧米の臨床試験では良い成績が報告されていますが、国内ではこの治療の実績が少ないため、がんの標準治療の中には入っていません。つまり、ほとんどのがん専門医にとっては知らなくてもいい治療です。本来、温熱療法は、初期治療として威力を発揮できるはずにもかかわらず、現状では再発したり、転移していたり、播種になってしまってから温熱療法にたどりつく。が、すでにこのような状態では、局所温熱療法の適応になりません。あくまで初期治療で放射線や抗がん剤と併用して、その効果を高めることが温熱療法を有効に使うためには重要です」
現時点で温熱療法の治療ができる施設は少なく、どこもこれ以上患者を治療することが難しい。かつては多くの施設が手がけていたが、現在、治療施設が少なくなった。治療に時間がかかるわりには病院の診療報酬があまりにも低く設定されているからだ。
海外のエビデンスの高い臨床試験の結果から、さらにこの治療を手がける施設が増えることが期待される。
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