注目されるマイルドハイパーサーミアという新しい温熱療法 低めの加温で放射線、抗がん剤の効果を一層高める
下部進行直腸がんで肛門温存療法を目指す
同科がマイルドハイパーサーミアの治療で成果を上げている例を見てみよう。
進行直腸がん、および局所再発直腸がんでは、化学放射線治療により手術前に腫瘍を縮小させてから手術をする方法がある。
同科では、この方法にマイルドハイパーサーミアを追加したところ、症例の半数以上(50人中28人、56パーセント)で病期(TNM分類)が下がった。治療前はストーマ(人工肛門)が必要と判断されていたが、治療後は肛門温存療法を受けることができたのが21人(42パーセント)に見られた。
たとえば、こんな症例がある。
群馬県内に住む男性(55歳)は、肛門括約筋から2センチのところにがんが見つかった。腫瘍は筋層を越えるところまで浸潤しており、病期は3期と診断された。ふつう、肛門括約筋から2センチ以内に腫瘍ができた場合は肛門を含めて切除し、人工肛門(ストーマ)をつくる。が、男性はできればストーマ造設を避けたいと思った。
こんな場合、同科では術前化学放射線治療にハイパーサーミアを併用させて効果を高めている。治療方法は、
(1)夜間に抗がん剤の5-FUとアイソボリンを5日間連続投与(クロノテラピーという)
(2)翌日の昼、放射線40グレイを5日間連続照射
(3)週1回、放射線照射後にマイルドハイパーサーミア。サーモトロンの器械で局所を38.1度~42.3度、60分間加温する
5週間後にMRIで検査した結果、がんが認められず、その治療から6週間後、男性は内視鏡による肛門温存手術で腫瘍を切除した。切除組織を検査した結果、がん細胞は認められず、人工肛門にもならなかった。

放射線:40-50グレイ
温熱療法:サーモトロン
直腸内最大温度 42.3~38.1℃
60分×4―5回


生検陰性率32.4%
「これまで、大腸がんは放射線が効きにくいと考えられていましたが、抗がん剤とマイルドハイパーサーミアを加えると効果が上がることがわかりました。治療後は内視鏡検査でがん組織が見つからなくても、基本的には根治を徹底させるために手術を勧めています。が、なかには、手術せず経過観察を希望する人も見られます」
MRIなどの画像検査で腫瘍が消失し、組織検査でもがん細胞が見られない例は50人中15人(30パーセント)だった。
この治療では、クロノテラピーを採用している。その理由について桜井さんはこう説明する。
「夜間に抗がん剤を点滴すると、翌朝、薬の血中濃度が1番高くなります。その時間帯に放射線を照射し局所を温めて、さらに効果を増強するわけです。もちろん、抗がん剤による副作用の低下や昼間に治療以外の活動ができることも期待しています」
私たちの体にはサーカディアンリズム(体内時計)があり、病気の発症や細胞や組織の修復する時間帯、副作用が強まる時間帯は決まっている。たとえば、照射を受けた消化管粘膜が再生する時間帯は夕方から眠りにつくまでで、このときに抗がん剤で粘膜の再生が妨げられることのないよう配慮されている。

肺がんの胸壁浸潤には温熱放射線治療で生存率上昇

同科では、肺がんの胸壁浸潤に対しても、1995年から温熱療法を取り入れている。
肺がんは遠隔転移が多く、いまでも難治がんの代表で、とくに胸壁浸潤は放射線だけで治療していたときは、成績がほぼ全滅の状態だった。が、この放射線に「マイルドハイパーサーミアを併用するようになってからは治癒に持ち込める症例が出てきた」と桜井さんは言う。
治療方法は、根治を目的とした放射線量(計60~70グレイ)を5日間連続で6~7週間照射したあと、週1回、マイルドハイパーサーミアを45~60分間加えている。
これまでに治療した肺がんの胸壁浸潤症例は22人で(1)放射線治療のみ(13人)(2)放射線治療にマイルドハイパーサーミアを加えた(9人)治療判定を分析した。マイルドハイパーサーミアの方法は平均40.8度で、49.9分間加温した。
その結果、2年間再発しない確率は、(1)の場合は16.9パーセントだったが、(2)の場合は76.1パーセントに高まることがわかった。また、2年生存率も、(1)15.4パーセントに対して、(2)は44.4パーセント(右のグラフ参照)。
「肺がんの胸壁浸潤はあまり多く見られない症例ですが、腕や背中にがん細胞が浸潤していくと痛みを伴ったり、脊髄に浸潤した場合は切除できなかったりします。が、この治療によって、患者さんが局所の痛みから解放される例が多くなりました」 と桜井さんは話している。
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