「元気な体で延命」を目指す癌研有明病院・漢方サポート外来 漢方薬を使うと、がん治療で弱った患者が、元気になる

監修:星野惠津夫 癌研有明病院消化器内科部長
取材・文:林義人
発行:2009年8月
更新:2019年7月

「乳がんホルモン療法」の副作用軽減に効果

漢方薬は、がんのさまざまな症状や治療による副作用の緩和に有用な場合が多い。患者から最も喜ばれるのは、ホルモン依存性の乳がんや卵巣がんに対するホルモン療法の副作用を和らげる効果だ。乳がんは通常、術後5年間はエストロゲンを抑えるホルモン剤を使う。アメリカでは患者の多くは閉経後だが、日本は閉経期前後の患者が多く、ホルモン療法を始めると、多くの患者は更年期様症状に苦しめられる。

「体がかっと熱くなって大量の汗をかくホットフラッシュだけでなく、頭痛、動悸、耳鳴り、イライラ、抑うつなどの症状も伴います。普通の更年期障害ならホルモン補充療法が有効ですが、乳がん患者に補充療法は禁忌です。現在、乳腺科から多くの患者さんが紹介されて来られますが、漢方治療はほとんどの患者さんに有効と思います」

乳がんのホルモン療法ではこれらの副作用のため、治療を継続できない患者も多い。しかし、漢方薬を併用すると、更年期様症状の程度を大幅に軽減することができ、さらに漢方薬により元気になるため、患者は闘病意欲が高まり、治療から脱落することがなくなる。

「基本的には、駆オ血剤と生薬『柴胡』が配合された柴胡剤(大柴胡湯、加味逍遥散など)の2系統の漢方薬を組み合わせて用います。組み合わせる漢方薬は、腹診により腹壁のパターンに基づいて決めるのです。薬が合うと数日から数週間で症状はおさまってきます」

放射線治療後の口腔乾燥は麦門冬湯をベースに

星野さんが、次に非常に漢方が役立つと指摘するのは、放射線治療による口腔乾燥である。こちらも、患者の7割程度に有効だという。

「それまで、お粥や流動物しか摂れなかった人でも少しずつ硬いものが食べられるようになり、ペットボトルが手放せるようになります。唾液が出ないために舌の動きが悪く、うまくしゃべれなかった人も、はっきり声が出せるようになります。この場合には麦門冬湯という薬をベースにして、体質に応じた他の薬を併用するのが有用です」

プラチナ系抗がん剤によって起こる手足のしびれの副作用に対しても漢方薬が役立つ場合がある。有効率は原因となる抗がん剤が何かによって左右される。

「抗がん剤による手足のしびれには、牛車腎気丸という漢方薬をベースに用い、補剤などを併用します。同じプラチナ系抗がん剤でも、シスプラチン(一般名)やカルボプラチン(一般名)によるしびれにはある程度効果が期待できるのですが、オキサリプラチン(一般名)ではほとんど無効です。オキサリプラチンの場合は予防が有効とされているので、牛車腎気丸などの漢方薬を投与しながら抗がん剤を投与するのがいいでしょう。オキサリプラチンを中心とする『FOLFOX』という治療レジメン(投与計画)では、漢方薬を投与すると副作用としてのしびれが出るまでの治療コースの回数を増やすことが期待できると報告されています」

抗がん剤タキソール(一般名パクリタキセル)の副作用である関節痛や筋肉痛に対しては、芍薬甘草湯という漢方薬がよく効くことがある。この薬も単剤で用いることはあまりなく、附子という生薬を加えて芍薬甘草附子湯という形にすると、有用度が上がるそうだ。

長期の療養で増えてくる褥瘡については、補中益気湯や十全大補湯などの補剤が有用と報告されている。「血のめぐりの悪さが原因」として、駆オ血剤の併用も有用だという。

補剤の併用で、感染症のMRSA(多剤耐性黄色ブドウ球菌)が治りやすくなるといわれる。

また、免疫力の低下により発症する帯状疱疹治癒後の神経痛に対しては葛根湯、小青竜湯、麻黄附子細辛湯など、風邪の治療に用いられる漢方薬が痛みをとるのにしばしば著効を見せる。

エビデンスを作るための、データを集めることが重要

漢方の世界においても、最近ではさかんにエビデンス(証拠)に裏付けられた医療(EBM)という言葉が使われるようになってきた。

「日本東洋医学会」(漢方を用いる臨床医や基礎研究者による学会)では、2001年からEBM委員会を設置し、EBMの手法による漢方薬の有用性の評価を開始した。患者を漢方薬を飲む群と飲まない群(対照群)に無作為に振り分けて、比較検討するという臨床試験の報告(漢方治療におけるEBM)も増えている(日本東洋医学会ホームページ参照)。

「これまで報告された漢方薬の臨床試験の論文の多くは不完全で、漢方薬の有用性を科学的に証明しえた研究はほとんどありません。まず、エビデンスを作る治験を計画するために必要な漢方薬の臨床データを多数集める必要があります。データが集まって、何らかの治療の法則性が想定された後に、それを証明するために比較試験を行うべきです。また、そもそも漢方は“証”という個々の患者さんの状態に応じて治療するテーラーメイドの医学です。西洋医学的な考え方で、1つの漢方薬を取り上げて、特定の病名や病態に対するその有用性に関する無作為化比較試験を行うことは、必ずしも適切ではありません」

[漢方治療におけるEBM(一部抜粋)]

胃がん切除症例に対する術後補助化学療法における5-FU経口剤との併用効果
漢方処方名:十全大補湯
論文:山田卓也.胃がんにおける5-FU経口剤と十全大補湯(TJ-48)の併用効果に関する無作為比較試験. Progress in Medicine 2004

肺がん患者の予後改善に対するクラリスロマイシンとの併用療法の有効性 漢方処方名:補中益気湯
論文:加藤士郎,木代泉,町田優,ほか.肺がんに対する補中益気湯とクラリスロマイシンの併用効果.漢方と免疫・アレルギー 1999

子宮筋腫、子宮腺筋症に対する腫瘍縮小効果
漢方処方名:桂枝茯苓丸
論文:山本嘉一郎,平野富裕美,生駒直子,ほか.子宮筋腫・子宮腺筋症に対する桂枝茯苓丸の効果.産婦人科漢方研究のあゆみ 2003

肝硬変における肝細胞がんの予防効果
漢方処方名:十全大補湯
論文:樋口清博,渡辺明治.肝硬変症例における十全大補湯による肝がん抑制効果の検討. Methods in Kampo Pharmacology 2000

肝硬変に対する肝細胞がんの予防効果
漢方処方名:十全大補湯
論文:樋口清博,清水幸裕,安村敏,ほか.臨床研究-十全大補湯による肝発がん抑制効果の検討:肝硬変症例を対象に.肝胆膵 2002

出典:日本東洋医学会EBM特別委員会(ホームページ)

元気な延命で、残された日々の過ごし方が変わる

がん治療における漢方の有用性と位置づけについて、星野さんはこう答える。

「漢方は生命の根幹に関わる神経・免疫・内分泌系に作用するので、冷えがなくなると同時に、食欲がでて、よく眠れるようになります。そして、心身の全体が調整されてくると、患者さんは元気になります。元気になったうえで、延命がはかれれば、たとえ進行がんであっても、患者さんは残された日々を価値あるものにできるのです」

しかし、現状は患者さんが漢方治療を受けたいと思ってもかかりつけの病院に漢方専門医がいるとは限らない。

「主治医に、紹介状を書いていただき、症状緩和をはかりながら共に闘ってくれる漢方専門医を探してください。最近では漢方に関心を持つ医師も、増えてきました。漢方の専門医はまじめで心やさしい人が多いので、かならず相談に乗ってくれるはずです」

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