効果の高い治療法が登場し、切除不能膵がんの選択肢が増える
治療中は好中球の減少に注意
すべての条件がクリアになると、治療が開始される。FOLFIRINOXの投与は、2週間で1コース。初日に4剤を順次投与し、2、3日目に5-FUを持続投与する(図3)。

「開始時の治療は入院で行います。入院中に患者さん個々の副作用の出方など、それぞれの状況を把握するためです。2コース目の開始時には、とくに好中球減少の管理が必要です。この治療での好中球減少は、開始から10~13日後ぐらいが要注意です。好中球の減少があると、G-CSFという好中球を増やす薬を投与し、2コース目の治療は、1週間ずらして4週目から再開します」
薬の投与量をフルドーズ(全量)で行うと、このように2週間のサイクルで完遂できる患者さんは少ないという。
「欧米でも投与量を減量して行う場合が多くあり、日本人の場合フルドーズで治療を完遂できないのは無理もないのです。フルドーズがいいのか減量するべきかについては、現在、検証試験が行われています」
また、治療中気をつけなくてはならないのは胆管炎だ。
「胆管炎は、適切かつ迅速に対応して処置できないと、好中球減少時には重篤な感染症が起きてしまい、命にかかわります。きちんと対応できる態勢が整っている経験豊富な専門病院で治療するべきだと思います」
通院による外来治療に移る前には、自宅での生活で心がけるべきことなどについてもアドバイスが行われる。
「治療は2週間に1度ですが、診察は毎週行います。2コース目の治療の直前である10~13日目頃に好中球減少のピークが来ますから、この時期はとくに気をつけるようにします。人混みへの外出の際にはマスクをするなどして感染予防する、食事も生ものは避けるなどです。38度以上の発熱が起こったらすぐに病院に連絡していただきたいです」
このほか、空咳が出た際も、細菌性の肺炎や薬剤による肺炎が起こっている場合があるため、要注意だ。すぐにCTを撮って確認をする必要がある。胆管炎の症状は、発熱と黄疸、尿の色が濃くなるなどだ。
「いずれにしても、何かおかしいと思う症状があるときには、速やかに主治医と連絡をとって欲しい」と、大川さんは話す。
様々な併用療法が今後も期待される
FOLFIRINOXは、遠隔転移を伴う膵がんという条件で試験が行われた���一方で、遠隔転移がない局所進行がんでも、膵臓周囲の血管にがんが絡みついているために切除不能となる場合があり、このような人は対象外だった。しかし、現在日本では、局所進行膵がんも治療対象としている。
「きちんとした検証は必要ですが、局所進行膵がんの患者さんが恩恵を受ける可能性は高いと考えられ、これらの患者さんにも治療が行われています」
いずれにせよ、膵がんに対する薬物療法の選択肢はかなり増えており、今後も様々な治療が期待されている。
「現在、注目されているのは、TS-1の効果を増強させるロイコボリンとの併用です。これについては、すでに治験が行われていて、かなり期待できると思います」
そして、*アブラキサンとジェムザールを併用する治療法も期待大だという。欧米で行われたアブラキサン+ジェムザール併用群とジェムザール単独群を比較した第Ⅲ相試験では、全奏効率は併用群23.0%、ジェムザール単独群7.0%、また全生存期間中央値はそれぞれ8.5カ月、6.7カ月と両群間に有意差が認められた(表4)。

「効果はFOLFIRINOXより弱いものの、副作用はそこまで強くありませんし、抗がん薬を静脈点滴するためのポート造設は不要なため、治療は簡便になります。日本で行われた第Ⅱ相試験の結果では、部分奏効率(PR)が44.1% だったという報告が、今年の日本臨床腫瘍学会で行われ、ジェムザールやFOLFIRINOXに、今後加わる治療選択肢として有望です」大川さんはこのように述べている。
*アブラキサン=一般名ナブパクリタキセル
医療者のサポートの元で 病気を忘れる時間を確保しつつ治療を
さらに注目されている治療法に、TH302という低酸素活性化薬での抗腫瘍効果が検証されている。腫瘍組織は正常組織に比べて、酸素分圧が低下することが知られており、例えば膵臓の正常組織では57㎜Hgであるのに対し、膵がんの腫瘍組織ではわずか2㎜Hgという低さだ。これを標的にするのが低酸素標的薬だ。現在、企業治験で、TH302とジェムザール投与群、プラセボとジェムザールの投与群による第Ⅲ相無作為化比較試験が行われている。
そして、大川さんが在籍する神奈川県立がんセンターでは、免疫療法科において、ジェムザールやTS-1による治療効果が得られなかった患者さんを対象にペプチドワクチンの治験が行われている。
「手術ができない進行膵がんは、残念ながら根治は望めません。しかし、治療の選択肢は確実に増えています。患者さんはそれぞれの価値観をお持ちだと思いますが、治療の機会を逃されてはもったいないと思います。
治療法を迷っている患者さんに対しては、『患者さんの治療のために、できる限りのサポートをしていく』ことを伝え、ときにはそっと背中を押すこともあります。治療を選ぶ際に気になることがあれば、ぜひ主治医に相談してください」
大川さんはよく患者さんに、「朝から晩まで病気のことを考えるのは止めましょう」と話すという。
「つい考えてしまうのは無理もないことですが、何かに夢中になって病気を忘れる時間をもつようにしてみてください。治療が少し楽になります。仕事に打ち込むこともいいと思います。そういう意味では、治療もできる限り外来通院で行ってください。入院するとついつい病人になってしまいますから」
最後に大川さんは、そうアドバイスをくれた。
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