骨髄異形成症候群(MDS)の正体を知ろう 高リスクの骨髄異形成症候群にはビダーザが決定打。今後の新薬承認に期待

監修●照井康仁 がん研有明病院血液腫瘍科部長
取材・文●菊池亜希子
発行:2018年11月
更新:2018年11月


高リスクの決定打はビダーザのみ

リスク分類で高リスク群に入った場合は、急性骨髄性白血病に進行しないために、一刻も早い治療介入が求められる。骨髄内の芽球が20%未満とはいえ、いつ白血病に移行しても不思議ではない状況だからだ。

「高リスクの骨髄異形成症候群は、血中の正常細胞を増やす治療では間に合いません。まず考えるべきは造血幹細胞移植。それが難しい場合は、骨髄内の芽球を減らすことを治療目的にします」と照井さんは語る。つまり、急性骨髄性白血病への進行をなんとしても食い止めるための治療に移行するのだ。

そこに登場するのが抗がん薬のビダーザである。ビダーザを一言でいうと「DNAのメチル化阻害薬」。そのメカニズムを紐解いてみよう。

骨髄異形成症候群になると、細胞の中で、がんを抑制する遺伝子の発現が落ちていくそうだ。わかりやすく表現すると、「体が、がんになろう! という状態になっている」と照井さんは語る。

遺伝子は、DNAがRNAを転写して翻訳することでタンパク質ができ、初めてその機能が発揮される。がんを抑制する遺伝子の前にはプロモータ領域という配列があって、ここが「遺伝子の転写を始めよう!」という指令を発するのだそうだ。骨髄異形成症候群では、そこがメチル化されて指令が出されず、遺伝子の転写が起こらない状態になっている、というのだ。照井さんはビダーザの作用メカニズムについて、次のように語った。

「ビダーザは、このプロモータ領域に自ら入っていって、メチル化されないよう作用する薬です。メチル化を阻害することで、転写指令が出されるようになり、がん抑制遺伝子がタンパク質になって、がん細胞を抑制するよう活動し始めるわけです」(図4)

つまり、ビダーザは、傷ついた遺伝子の中に入っていき、その異常を正して、細胞そのものの基質を正常な状態に戻す。言い換えると、不良品である芽球を正常に変えていく作用があると考えられるのだ。不良品を正規品に変えることができるのか、それとも、正規品が新たに作られるのか、それは定かではないそうだが、メチル化という異常が、ビダーザを投与することで消失することがあるのは確かなのだという。実際に、高リスクの骨髄異形成症候群において、ビダーザを使ったほうが生存率が伸びることが証明���れている。

2011年に承認され、その後もさまざまな新薬が出るかもしれないと期待されていたが、現時点において、ビダーザを上回る薬剤はまだ出てきていない。高リスクの骨髄異形成症候群において、今のところ、ビダーザが唯一の決定打といっても過言ではないそうだ。

決定打と言われるほどの作用があるならば、低リスクのときから使えばいいのではないか、と思うが、そこはなかなか難しいらしい。

「骨髄異形成症候群は長くつき合っていく病気です。ビダーザはいったん使い始めるとずっと続けなくてはならない薬ですから、あまり早くから介入すると、これが効かなくなったとき、次の一手がないのです。低リスクの時期は、あくまでも正常な血液細胞を増やすことを念頭に置いた治療を続け、それでは手に負えなくなったときに、決定打であるビダーザを使います」

高リスクから急性骨髄性白血病に進行してしまったら、ビダーザは使えなくなり、白血病の抗がん薬治療へ切り変わってしまう。そこで、もし寛解に持ち込めたとしても、骨髄異形成症候群の基質であることに変わりはないので、また骨髄異形成症候群の治療に戻り、ビダーザが始まることになる。そういう意味でも、骨髄異形成症候群が進行した急性骨髄性白血病はタチが良いとは言えない。なんとか白血病に進行する手前で留め置きたいのだ。

ビダーザ=一般名アザシチジン

近い将来登場する新薬に期待を寄せる……

ビダーザと同様、DNAのメチル化を阻害するグアデシタビン(SGI-110:開発コード)という薬剤が現在、第Ⅲ相試験中である。作用機序はビダーザと同じだが、今のところ、決定打がビダーザしかないところに、もう1剤加わる意義は大きい。

さらに、まだ臨床試験中だが、近い将来、期待できる分子標的薬が出てくる見通しもあるという。リゴセルチブ(rigosertib:一般名)という分子標的薬で、RAS遺伝子に直接働きかけ、抗がん薬のビダーザより、格段にピンポイント的に作用するそうだ。こちらも現在、第Ⅲ相試験中で、その試験結果と適応承認が心待ちにされている。

「グアデシタビンやリゴセルチブが使えるようになったら、骨髄異形成症候群の治療の幅がグッと広がると思います」と照井さんも期待を寄せているそうだ。

現在、骨髄異形成症候群を治療している人は全国に7,000人強と言われるが、今後、高齢化がさらに進み、医学の進歩に伴い抗がん薬治療を受ける人が増加することを考えると、患者数も増えていくことが予想される。

近い将来承認されるであろう分子標的薬リゴセルチブが、慢性骨髄性白血病(CML)に対するグリベックのような、遺伝子変異にピッタリはまる画期的な分子標的薬であることを願ってやまない。

グリベック=一般名イマチニブ

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