5年生存率は7~8割で、口の機能も、容貌も温存 進行口腔がんでも切らずにすむ!抗がん剤と放射線のパワー
3~4期でも5年生存率は8割

藤内さんは当初、手術範囲を縮小するための術前化学療法としてこの治療を行っていました(5年間で46人に施行)。そして、病理結果を観察したところ、いずれも3~4期の89.1パーセントでがんが消え、5年生存率も80パーセント(3~4期は40~60パーセントが一般的)という結果が出たのです。それを踏まえて手術をしない治療に踏み切ったといいます。
「私の研究は名古屋大学時代、30歳ぐらいの主婦の口腔がん患者さんが手術を拒んで、亡くなったことに端を発します。彼女は手術が嫌なのではなく、顔に傷がつくのが嫌だったのです。顔に傷をつけず、口の機能も損なわずにがんを治療することは、これからも私たちの命題です」
藤内さんは、この治療を名古屋大学病院時代に約120例、横浜市立大学では2006~2009年の3年間で102例行いました。90例が完全寛解(88.2パーセント)で、うち86例は再発なしという結果を出しています。そして、現在までさらに症例は増え、良好な結果を得ています。
「治療の適応は、3~4期で手術を受けたくないという人です。ただし、放射線治療をすでに行っている人、手術によって動注療法に用いる血管が使えない人、血管の異常でカテーテルが入らない人などにはできない場合もあります」
この治療法は実施機関がまだ限られますが、保険適応であるため、患者さんの経済的負担が少ないのも長所です。

[逆行性超選択的動注化学放射線療法が有効だった症例]
副作用の軽減には口腔ケアが大切
逆行性超選択的動注化学放射線療法は、全身にわたる副作用は少ないのですが、口のまわりには高濃度の抗がん剤が入り、放射線もあたるので、唾液腺の機能低下による口内の乾燥、口内炎が頻発します。とくに口内炎にはたいていの患者さんが悩まされます。
「口内炎は治療開始から約1~2週間後に出現して数カ月は続きます。食べることができない場合、流動食や経管による栄養補給で対処します。胃に直接穴を開けて栄養を送る場合もあります。しかし、副作用のために治療が中止されるというケースはほとんどありません」
口内炎の治療については、痛み止めのうがい薬などによる対症療法しか今のところはありません。しかし、まだ研究段階ですが、藤内さんたちは好中球減少症という血液の病気に使うG-CSF製剤を口内に塗るという治験で、好結果を出しているそうです。
口内炎は、口の中に雑菌が多いと悪化しやすく、口腔ケアを行った人と、していない人では、行った人のほうが副作用を軽減できるという報告があるため、治療前の口腔ケアは大切だと藤内さんは話します。
口腔がんを切らない治療は新しい研究も進んでいる
現在、逆行性超選択的動注化学放射線療法の治療効果を高めるために行われているのが、温熱療法(ハイパーサーミア)の併用です。
温熱療法とは、がんが熱に弱い点を利用し、患部を42~43度に加温してがんを叩く方法。藤内さんたちが行っている動注化学放射線療法と併用して週1回、1時間ずつ頸部リンパ節を42~43度に加温したところ、6センチ超の転移巣が消えたというケースがあり、大きい転移例での温熱療法併用による5年生存率は60パーセントを超えるといいます。
温熱療法を進化させる方法として、横浜市立大学医学部では磁性体(*)を使った研究も行われています。抗がん作用も持ちあわせた特殊な磁性体の微粒子を、カテーテルでがんに送り込み、磁場をかけて発熱させるというものです。名古屋大学医学部では類似の治療法の第1相試験(人での安全性を確認する最初の試験)が行われています。
「温熱療法は副作用もなく、将来的に併用、もしくは単独での治療が可能ということになると理想的だと思います」
藤内さんは、東京大学工学部と共同でカテーテルナビゲーションシステムの研究も行っています。これはカテーテルを確実に留置させるため、コンピュータを使って、カテーテルの先端の位置を術中にリアルタイムで確認できるシステムです。
「このシステムができると、十分な経験を積んでいない医師でもカテーテル治療に当たれることになります」
他にも、逆行性超選択的動注化学放射線療法では、抗がん剤の投与スケジュール、放射線治療の照射方法などについて、機能温存率などを考慮に入れながら、さまざまな症例を検討しており、新しい方法が模索されています。
横浜市立大学付属病院 南東北がん陽子線治療センター 奈良県立医科大学付属病院 金沢大学医学部付属病院 名古屋大学医学部付属病院 東京大学医学部付属病院 | 長崎大学病院 愛媛大学医学部付属病院 恵佑会札幌病院 東京医療センター 香川大学医学部付属病院 岡山大学病院 |
*磁性体=磁場の中で磁気を帯びる性質の物質
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