副作用を抑えるがんのクロノテラピー(時間治療)  夜間に抗がん剤投与の治療が進行大腸がんや卵巣がんに効果

監修:嶋田紘 横浜市立大学医学部第2外科教授
監修:吉山友二 共立薬科大学臨床薬理助教授
取材・文:松沢 実
発行:2004年2月
更新:2013年4月


臨床試験で明らかにされ始めた治療効果

[クロノテラピーと通常の投与法における生存率の比較]

[進行大腸がんの3剤併用療法]
(5-FU+ロイコボリン+オキサリプラチン)の時間治療スケジュール


[大腸がんの化学療法の効果と副作用]

5-FU+ロイコボリン+オキサリプラチンの3剤併用療法は、
従来の一定の点滴投与では毒性が強く、患者は副作用に
耐えられずに治療を断念することが多い。しかし、クロノ
テラピーで治療をすると、治療効果も増し、副作用も減少できる

抗がん剤のクロノテラピーは、フランスをはじめとした欧米で1989年以降、その画期的治療効果が臨床試験によって次々と明らかにされ、注目され出した。

ヨーロッパでは転移を有する大腸がんの患者186人を5-FU+オキサリプラチン+ロイコボリン(一般名ホリナートカルシウム)の3剤併用療法をクロノテラピーと通常の投与法との二つのグループ(93人ずつ)に分け、その治療効果を確かめる臨床試験が行われた。

「クロノテラピーを行ったグループは、5-FU+ロイコボリンを夜間の午後10時から投与し始め、翌朝方の午前4時に最大投与量となるように設定し、その後、投与量を減らして午前10時に終了する。オキサリプラチンは午前10時から投与を始め、夕方の午後4時に最大投与量とし、以降は減らし夜の午後10時に終了するというものです。一方、通常の投与方法は1日24時間、一定の速度で投与するというものでした」と抗がん剤のクロノテラピーに詳しい共立薬科大学助教授の吉山友二さん(臨床薬理学)は説明する。

クロノテラピーを行ったグループのほうが、通常の投与法のグループと比べて治療効果が明らかに優れていた。転移巣の腫瘍が半分以下に縮小する効果はクロノテラピーで51パーセントにのぼり、通常投与では29パーセントだった。反対に、悪心や嘔吐等の副作用が現れた患者はクロノテラピーで14パーセントなのに対して、通常投与では76パーセント。白血球の減少などで治療自体を中止せざるを得なくなった患者はクロノテラピーで29パーセントなのに、通常投与では51パーセントにのぼったので��る。

「クロノテラピーでは正常細胞への毒性が弱まる時間帯に抗がん剤を投与したことに加え、がん細胞が1日中抗がん剤の毒に曝されつづけたことが、治療効果をあげた要因と考えられています」(吉山さん)

この臨床試験はフランスのフランシス・レビ医師を中心に、3カ国9病院の多施設共同試験として行われたもので、その結果は世界中のがん治療に携わる医師や研究者に大きな衝撃を与えた。

投与方法によりはっきりと明暗が分かれた

病期3期と4期の卵巣がんの患者に対するクロノテラピーの臨床試験の結果も画期的だった。63人の卵巣がんの患者にアドリアシン(一般名ドキソルビシン)とブリプラチン(一般名シスプラチン)の2剤併用の化学療法を行い、4つの投与方法ごとに患者を分けて治療効果を調べたものだ。4つは(1)通常の投与方法、(2)午前6時にアドリアシン/午後6時にシスプラチンを投与する、(3)逆に午前6時にシスプラチン/午後6時にアドリアシンを投与する、(4)(2)と(3)を交互に繰り返す。

[卵巣がん患者に延命をもたらすクロノテラピーの実際]

(1)通常の、時間を考慮しない投与法 (2)6時にアドリアシン、
18時にシスプラチン投与 (3)6時にシスプラチン、
18時にアドリアシン (4)(2)と(3)を交互に繰り返し投与 
以上、4つの投与法を実施した際の患者の生存率の結果

「治療効果は劇的でした。5年生存率がもっとも高かった(78パーセント)のは(4)の交互に繰り返した場合でした。次いで(2)(50パーセント)、(3)(11パーセント)の順。驚いたのは通常の投与方法を受けた患者さんの5年生存率が0パーセントだったこと。5年目を迎えられた患者さんは1人もいなかったのです」(吉山さん)

投与方法によってこれほど治療成績に明暗が分かれたのは、(1)白血球の減少等を招くアドリアシンの骨髄細胞に対する毒性が、午後6時の投与よりも午前6時投与のほうが弱い、(2)吐き気や腎障害等の副作用を招くシスプラチンの毒性が、午前6時の投与よりも午後6時投与のほうが弱い、のが理由とされている。

抗がん剤の投与量などを調節できるクロノポンプは未承認

投与時間によって副作用の減少がはかれたり、延命効果に寄与したりすることが判明している抗がん剤は、このほかにもいくつかある。

「たとえば、小児白血病に対するロイケリン(一般名メルカプトプリン)とメソトレキセート(一般名メトトレキサート)は、朝か夕方に投与するほうが生存率は高くなり、朝の投与よりも夕方の投与のほうが効果は高いのです。あるいは、腎がんに対するスミフェロン(インターフェロンα)は、夕方の午後6時から午後10時に最大投与量となるように持続点滴静注を行えば、ひどい副作用を招かずにより多くの量が投与可能となり、治療効果をあげることができるのです」(吉山さん)


横浜市大病院第2外科で使用されているクロノポンプ(右)。
フランスで使用されているポータブル式の自動制御可能な動注ポンプ(左)

クロノテラピーはがんの化学療法のやり方、方法に大きな転機をもたらすにちがいない。フランスをはじめ欧米では、抗がん剤の投与量や投与速度等を調節できるクロノポンプが開発され、化学療法の現場で広く普及している。日本では厚生労働省はクロノポンプの承認すらしていないという現状だが、横浜市大病院第2外科グループなどの先進的な医師によって抗がん剤のクロノテラピーが行われ始めた。海外ではポータブルの自動制御可能な動注ポンプが使用され、通院治療が可能という。これらの器具も含めて早急な普及が強く望まれる。


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